千年以上変化のなかった九九暗記の世界に、新しい光を灯します
九九暗記の符号化について続けます。
『記憶のしくみ 上』(ラリー・R・スクワイア、エリック・R・カンデル共著 講談社ブルーバックス 2013年)188ページにロシア人作家ウラジーミル・ナボコフの自伝『記憶よ、語れ』の一節が引用され、解説が続きます。
「驚くべきことに、普通の人はチョウ類にほとんど気づかない。私のこの言葉を信じない連れのために、カミュを入れたリュックサックを背負った、たくましいスイス人のハイカーに対して、私は、『登山道を下りてくるときにチョウを見なかったか』と意図的に訊いてみた。彼は、静かに『いえ、全然』と答えた。その登山道は、その少し前に、我々がチョウの群れを見て狂喜したばかりのところであったのだ」
後々のために経験したことを覚えておこうと努力しない限り、我々の興味と好みが我々の注意を支配し、さらには符号化の質と程度を決めるのである。したがって、我々の興味と好みが記憶の性質と強さに大きく影響するのだ。
学校や塾の先生など教育関係者ならば、こういうことがよく起こるのはご存知でしょう。
最近こんなことがありました。
青穂塾では、4年生の春に様々な花の観察をします。先日トウモロコシの花を観察しました。
先端にあるのが雄花の集合体、下のほうにあってふさふさと毛が生えているのが雌花の集合体です。
上の写真は雄花の一つです。
トウモロコシはイネ科の植物ですから雄花の一つ一つがイネのもみと同じ形をしています。そのモミが2つに開いて出ているのがおしべです。このおしべから花粉が出ます。
次がその花粉の顕微鏡写真です。
この花粉はサラサラしていて風に吹かれて飛びます。それをキャッチするのが雌花です。
次の写真は雌花の皮をむいて黒い紙の上に広げたものです。
この毛の1本1本がめしべの柱頭です。
次の写真を見てください。柱頭の下を見ると、丸い粒につながっています。これが子房です。
子房を顕微鏡で拡大すると次の写真になります。
1つの子房から1本の柱頭が出ています。この柱頭に花粉が付くと子房がふくらんでトウモロコシの実になります。花粉が付かなければ実はできません。サラサラとして風に飛ばされてくるその花粉をキャッチするために、トウモロコシは長い長ーい柱頭を持っているのです。それだけではありません。次の写真を見てください。柱頭の顕微鏡写真です。
びっしりと毛が生えていますね。これによって花粉をキャッチするのです。トウモロコシはこんな工夫をしています。
でもこの毛は肉眼でも見ることができます。次の写真を見れば分かりますね。
さてこれを生徒は観察して符号化してくれるでしょうか?符号化したかどうかは観察図を書かせればすぐわかります。
この場合、符号化できていません。
「はい、もっとよく見て!書き直し!」
書き直しても先ほどと同じです。これを2~3回繰り返した後書いたのが、次のような観察図です。
これで柱頭の毛が符号化されたことが分かります。
絵が下手でも歪んでいてもかまいません。絵をかかずに写真をノートに貼るような作業では、生徒が観察対象を符号化したかどうかわからないのです。
学校などでも先生方が手作りの教材などを作って量的意味を説明されていると思いますが、いくら説明しても符号化できない生徒は多数いるはずです。やはり書く必要があります。本当はタイル図をすべて手書きで書くのが理想的ですが、それをすると膨大な時間と手間がかかりますので生徒が嫌がることになります。タイル図を描くという作業がうまくできない生徒も多いと思います。
そこで生徒が量的意味を符号化したかどうかを確認し、しかもその作業が短時間で済み、生徒が楽しく作業できるようにする工夫した教材を開発しました。そのためにこの教材裏面のタイル図はカラー化しておらず自分で色塗りするようになっています。自分で色塗りをさせることにより、正確に符号化できたかどうか確認できるようにしてあります。詳しくはさだえもん教材社のHPをご覧ください。(https://sadaemon.jp/)「九九学習システム」の使い方の動画だけならYouTube(https://youtu.be/gl1khl36jgw)にありますので、ご参考ください。
なお、この教材を作る過程で数人の学校の先生にアドバイスをいただきました。ある先生が「量的意味は説明しなくても何とかなる。九九暗記さえしっかり指導しておけば、量的意味は後からついてきて生徒が自然に理解する。」という意味のアドバイスを先輩教師から言われたことがあるという話をされていました。確かにそうだと思いますが、生徒が数字の九九と量的意味を同時に符号化したほうが正確に理解できるし手間も減ると私は考えます。そのため「九九学習システム」ではタイル図と数字の式を同時に見て符号化できるように設計しています。
さらに正確に符号化したか確認するために、九九暗唱するときは「大きな声を出させる。」「符号化に失敗しやすい1の位をはっきり大きな声で言わせる。」の2点に注意して指導しています。そうすることにより生徒自身が間違いに気付きやすくなりますし、指導者側が生徒の間違いに気付きやすくなるからです。
これにより、生徒が九九の符号化に失敗することなく次の段階に進むことができます。