塾長の考え(九大受験)7

原文のまま
〈高3のHくん〉
「こんばんは。
法政大学経営学部経営学科合格しました。
いつもご指導ありがとうございます。
今日は塾にいらっしゃらなかったようなので、
机の上にどら焼きとバウムクーヘンを
置いておきました。
お早めにお召し上がりください」
〈私(塾長)〉
「ありがとう。
そしておめでとう。さすが」
〈高3のHくん〉
「(東大の)足切り通過しました。
ありがとうございます。
頑張ります」
〈私(塾長)〉
「ヨッシャー」
Hくんは優秀な生徒だ。
素質は「東大レベル」のはず。
だが、
だからといって合格するに値する学力が、
努力不十分で備わるようなことは、
起きない。
先日このブログに出てきた、
高3のKくんもすさまじい素質がある。
(京都大学志望)
だからといって合格するに値する学力が、
努力不十分で備わるようなことは、
起きない。
予備校生の中に1人、
すぐれた才能をもっていると、
私が勝手に判断している生徒がいるが、
(京都大学志望)
だからといって合格するに値する学力が、
努力不十分で備わるようなことは、
起きない。
この3人にもしもあと半年の時間があれば、
おそらく全員が全体の半分から上で、
合格できるだろう。
しかし、
その「十分な時間」が足りない、
圧倒的に足りない。
だから今の時期に、
無理に無理を重ねなければいけない。
理屈的には、
それは本人たちも重々わかっている。
痛切にわかっている。
「時間が足りていない」と。
さて、
なぜこのような事態になったのか。
いやむしろ、
世の中に優秀な頭脳をもつ生徒はあれども、
それを活かすことができるだけの、
「時間を確保できるかどうか」
ここが肝心で、
要は学力とは金融資産と同じ。
早くからコツコツと時間を貯蓄、
生徒本人の能力開発にひたすら投資。
それが長い時間を経て、
熟成されて果実となる。
いきなり種を蒔いて、
果実を手に入れることは、
絶対にできない。
物事には順番があり、
生徒の成長にも春夏秋冬がある。
季節の「飛び越し」は不可能。
要するに、
早い時期に生徒本人に自覚が芽生えること。
そこが肝心なところ。
勝手に覚醒するのか。
それとも、
親御さんがわが子を覚醒させるのか。
あるいは、
誰か他人(学校の先生、部活の顧問など)が、
覚醒させる教育や指導ができるのか。
誰とめぐり合えばわが子は「覚醒」するのか?
単なる勉強を教えるだけの先生や講師では、
それはできない。
人が覚醒するためには、
「パラダイムシフト」が、
起きなければならないからだ。



