賃上げは利益を削るか、利益を生むか ~中小企業が“人件費増”を収益化する財務戦略~

江崎充豊

江崎充豊

テーマ:財務


 こんにちは、マネジスタ湘南社労士事務所です。
最近投稿した賃上げのテーマを財務戦略の観点から掘り下げてお話します。

はじめに

 最低賃金の大幅な引き上げや人材確保競争の激化により、賃上げは中小企業にとって避けて通れない経営課題となっています。
「賃上げ=コスト」と捉える企業が多い一方で、人件費増を収益の源泉と捉える企業も現れ始めています。
 今回は、賃上げを単なる制度対応ではなく、利益を生む戦略的投資として捉えるための財務的視点と実務策を整理します。

賃上げは“コスト”か“投資”か

 人件費は損益計算書(PL)上は「費用」として扱われますが、実際には企業の将来を支える「人的資本」への投資でもあります。
 たとえば、賃上げによって以下のような効果が期待できます。
・優秀な人材の採用・定着
・従業員のモチベーション向上と生産性の改善
・顧客対応力や品質の向上によるリピート率・単価の上昇

 
 つまり、賃上げは「コスト」ではなく、「利益を生むきっかけ」にもなり得るのです。

人件費を“収益化”する財務設計

 ここで例を挙げて考えてみます。
【事例】
・A社は従業員20名、売上2億円、営業利益率5%(1,000万円)で1人あたり年間15万円の
 昇給を考えています。
・現在の営業利益は1,000万円ですが、昇給によるコストアップをしても800万円の利益は
 確保したいと考えています。


 この場合、どのように財務設計をすればいいでしょうか?

1. ROI(投資利益率)を可視化する
 1人あたりの人件費増に対して、売上・利益がどれだけ伸びるかを確認します。
【検証】
・年間15万円の昇給に対し、1人あたり売上が30万円、営業利益が1万5千円増加とした場合、
 売上ベースROIは200%、営業利益ベースROIは10%。


 このように、賃上げの成果を数値で把握することで、経営判断の精度が高まります。

2.利益から逆算して戦略を考える
 目標利益を設定し、そこから許容できる人件費総額を逆算することで取り得る戦略を考えます。
【検討例】
・1人あたり年間15万円昇給×20人=300万円のコストアップに対し、営業利益ROIは10%から
 300万円×10%=30万円の利益アップ。
・差引270万円のコストアップにより営業利益は720万円。
・目標利益は800万円のため、1人あたり年間15万円昇給すると目標より80万円の利益下振れ。
・昇給幅を減らすか、他の経費を見直すか、売上拡大を図るかを検討。

 
 このように、利益から考えると今後の戦略が立てやすくなります。

3.固定費と変動費のバランスを見直す
 2.のように目標利益を下回る事になった場合など、昇給による固定費増を、賞与・インセンティブなどの変動費で調整することで、制度の柔軟性と納得感を両立できます。
 成果に応じた報酬設計は、従業員の意欲向上にもつながります。
【検討例】
・80万円の利益を計上するには、80万円÷利益率5%=1,600万円の売上増加が必要。
・目標利益(800万円)を確保するためには1人あたりで換算すると
 80万円÷従業員20名=4万円の昇給額の減少が必要。
・昇給額を1人あたり年間11万円とし、売上が1,600万円増加したらインセンティブとして
 1人あたり4万円を支給。
  

“人件費=収益源”に変える実務策

1.業務の棚卸しと再設計 
 人件費をかけるべき業務と、外注・自動化すべき業務を明確化します。
限られた人材を「利益を生む仕事」に集中させることで、人的資源の活用効率が高まります。
2. 評価制度と報酬の連動 
 成果や貢献度に応じた昇給・賞与制度を整備することで、「頑張っても報われない」構造をなくし、組織全体の生産性を底上げします。
 また、業績連動とすることでコストアップの一部を吸収できるようになります。
3. 顧客単価・リピート率の改善 
 賃上げによって高まった従業員の対応力を、価格戦略やサービス改善に反映させることで、売上に直結させることが可能です。

「人件費が上がったから値上げ」ではなく、「価値が上がったから価格を見直す」発想が重要です。

まとめ

 賃上げは、確かに短期的には利益を圧迫する要因です。
しかし、その人件費を“利益を生む仕組み”に変えられるかどうかは、経営者の財務戦略にかかっています。
 制度対応に終始するのではなく、人件費を戦略的に設計し、収益化する視点が求められています。

 「人に投資することが、企業の未来をつくる」

その意識と戦略が、これからの経営には必要になると思います。

 マネジスタ社労士事務所では財務、労務に関する相談を承ります。
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江崎充豊
専門家

江崎充豊(社会保険労務士)

マネジスタ湘南社労士事務所

現役銀行員としての財務分析力、社労士としての労務知識を融合させ企業を支援。資金調達や事業計画、人事労務体制整備からデジタルツール導入まで、経営者が本業に集中できる環境作りをアシストする。

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