遺言の文言で、「相続させる」と「遺贈する」では大違い?
前回は主に「包括遺贈」についての説明をしましたので、今回は「特定遺贈」についての説明です。特定遺贈とは、文字通り、遺言者が遺言によって特定の物や権利または一定額の金銭を受遺者に与えるものです。
さて、ある方が遺言で「私がこれまで収集してきた別紙財産目録記載の動産(コレクション)は、すべてDに遺贈する」と記載して亡くなったとします。この場合、受遺者に指定されたDさんはそのコレクションを、必ず引き取らなければならないのでしょうか?
遺贈は、贈与とは異なり相手方の承諾を必要とせず、遺言者の死亡と同時に遺贈の効力が生じます。しかし、受遺者が「こんなものはいらない」と思っているのに、財産の受け取りを強制することもできません。そのため、受遺者は遺言者の死亡後、いつでも遺贈を放棄することができます。その際、特定遺贈の場合には、手続きに特に定めはなく、遺贈義務者に対して「いらない」旨の意思表示をすれば足ります。そして遺贈の放棄は、遺言者の死亡の時にさかのぼってその効力を生じます。つまり、最初からもらわなかったことになります(民法986条)。
ちなみに、受遺者に対して複数の遺贈がなされていた場合には、遺贈の一部を放棄することも認められています(判例)。つまり、有り体に言えば、コレクションのうち価値のありそうな物だけは遺贈を受け、価値のなさそうな物は放棄することも可能です。ただし、遺言者の気持ちを踏みにじることになるのではないかという、感情面での問題は残りますが。
受遺者が遺贈を放棄すると、受遺者が受けるべきであった財産は、相続人が取得することになります。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従います(民法995条)。
なお、相続人などの遺贈義務者は、受遺者がその遺贈を承認して財産を受け取るのか、放棄して受け取らないかによって、不安定な立場に立たされます。そのため、遺贈義務者その他の利害関係人は、受遺者に対し、相当の期間を定めて、「遺贈を承認しますか? 放棄しますか? ○月○日までにご回答ください」と催告をすることができます。この場合において、受遺者がその期間内に遺贈義務者に対して回答をしないときは、遺贈を承認したものとみなされます(民法987条)。
問題は、そのコレクションの内容ですよね。これが、売れば高値がつく絵画や骨董品であれば、受遺者はそれを喜んで引き取るかも知れませんが、本物か偽物かを見分けるのは素人には難しそうですし、本物だとしても、その価値を損なわないように保管するのは大変そうです。古銭や切手であれば、保管にはあまり場所をとらないかもしれませんが、やはり真贋や価値を見分けるのは大変そうです。また、古書や鉄道模型などは、受遺者がその価値を理解できればいいかもしれませんが、関心のない人にとっては迷惑かも知れません。さらに美少女フィギュアなど趣味性の高い物となると、引き取り手は愛好者に限られてくるかも知れません。
なお、コレクションを誰かに引き継いでもらいたい遺言者の立場からすると、「この人なら」と見込んだ受遺者が遺贈を放棄してしまうのは、さぞかし無念だろうなと思います。そして、受遺者が遺贈を放棄すると、そのコレクションは配偶者や子など、本来の相続人が相続することになりますが、そもそも本来の相続人にではなく、あえて他人にコレクションを遺贈したいようなケースでは、おそらく本来の相続人はそのコレクションに興味がないか、価値がわからないということも多いと思います。したがって、受遺者が遺贈を放棄すると、結局、遺言者が長年苦労して収集して来たコレクションは、相続人によって、あえなく処分されてしまうかもしれません。
そこで、こうした場合には遺贈ではなく「死因贈与(しいんぞうよ)契約」をする方が良いかも知れません。死因贈与契約については、詳しい内容は後日説明しますが、遺贈が相手方の承諾を要しない単独行為であるのに対し、死因贈与は贈与者(あげる側)と受贈者(もらう側)の双方が、「私が死んだら、私のコレクションを譲ります。」「ありがとうございます、お受けします。」という意思表示の合致に基づく契約により行われます。要するに、受贈者も、あらかじめコレクションを譲り受けることに同意している訳です。そのため、遺贈の承認・放棄に関する民法の規定は、死因贈与には準用されません(判例)。したがって、生前に受贈者と死因贈与契約をすることにより、これまで苦労して収集してきたコレクションを、ある程度は確実に引き取ってもらえることになります。