遺された母の面倒をみるなら遺産を与えるという遺言は有効か?
これまでのコラムでは公正証書遺言が無効になってしまうケースを紹介しましたが、それでも、自筆証書遺言と比較すれば、公正証書遺言の方が相続争いの防止や財産の名義変更の利便性などの点では、優れているといえます。公正証書遺言の主なメリットは、以下の通りです。なお、( )内は自筆証書遺言のデメリットについての説明の参照先ですが、公正証書遺言では、これらのデメリットの多くを解消できます。
1.法律のプロである公証人が文面を作成するため、方式の不備で遺言が無効になるおそれや、不適切な文言を使用してしまうおそれが極めて少ないこと
2.遺言者の死後に家庭裁判所で検認の手続を経る必要がないので、相続開始後に速やかに遺言の内容を実現することができること
3.原本が必ず公証役場に保管されるので、正本を紛失しても再発行を受けることが可能であり、また、原本が破棄されたり、隠匿や改ざんをされたりする心配もないこと
4.高齢や病気により体力が弱り、自書が困難となっている場合でも、遺言をすることができること
なお、公正証書遺言は、遺言者が公証役場を訪れて、公証人に作成してもらうのが原則ですが、高齢や病気で遺言者が公証役場に出向く体力がないような場合には、公証人に自宅や介護施設・病院等に出張してもらい、遺言書を作成してもらうこともできます(ただし、別途日当や交通費がかかります)。
一方、公正証書遺言のデメリットは、作成する時に費用がかかること、証人が二人以上必要なこと、そのため、自分一人では作成できず、遺言の内容を、完全には秘密にしておけないことです。
まず、費用についてですが、公証人手数料は法令で定められており、遺産の総額によって金額が異なります。このほか、文案の作成について弁護士や行政書士に相談する場合には、別途報酬がかかります。ちなみに、自筆証書遺言の場合、作成時には費用はほとんどかからないですが、検認の際に手間と費用がかかります(第20首)。つまり、「費用を前払いで遺言者が払う」のが公正証書遺言、「費用を後払いで相続人が払う」のが自筆証書遺言といえます。
次に、証人の立会いについてです。公正証書遺言の際に証人の立会いが必要とされた理由は、遺言者が人違いでないこと、遺言者が正常な精神状態のもと、自らの意思で遺言をしたこと、公証人による筆記が正確であることなどを確認するためです。遺言は遺言者の死後に初めて効力を発しますので、遺言が有効になされたかどうかは、最終的には証人の証言によって定まります。したがって、証人の立会いがない状態で作成された遺言は無効となります。なお、証人は誰でもいいというわけではなく、法律上の制限がありますが、これについては次号で解説いたします。
ちなみに、証人は遺言作成の際、最初から最後まで、間断なく立会う必要があります。証人が二人とも遅刻して、遺言者の口授が始まってから公証役場に到着して作成された公正証書遺言が無効になった判例があります。また、証人のうち一人は最初から最後まで立会っていましたが、もう一人は途中から立会った場合にも、やはり遺言が無効になった判例があります。もちろん、途中で中座したり、早退したりすることもできません。
余談ですが、私の知り合いの行政書士さんが、遺言者の友人Aさんと共に公正証書遺言の証人を引受けていたのですが、遺言の読み聞かせの最中にAさんの携帯電話が鳴り、Aさんは途中で中座したところ、公証人から注意を受け、遺言の手続きを最初からすべてやり直したそうです。したがって、遺言の証人を引受ける際には、時間に余裕を持って公証役場等に到着し、携帯電話の電源を切り、あらかじめトイレも済ませて、最後まで責任を持って立会う準備と、仮に遺言の有効性を巡って裁判になった場合には、裁判所に出廷して証言台に立つくらいの覚悟が必要といえそうです。