「遺言信託」の費用は遺産から差し引けるか?
前回は、遺言が2通以上発見され、その内容が相互に矛盾する場合の扱いについて、「前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす(民法1023条)」という説明をしました。
では、「自宅はAに遺贈する」旨の遺言を作成した人が、作成後にその自宅をBに売却あるいは贈与してしまうなど、遺言の内容と矛盾するような行動をしていた場合には、どうなるでしょうか? この点についても、民法1023条2項で「前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する」とも定めていますので、「自宅はAに遺贈する」旨の遺言は撤回されたものとみなされます。これは、前の遺言を撤回したことにしなければ、後からした贈与や売買などの行為が有効かどうかについての争いが生じますし、遺言者の意思からしても、自宅をBに売却もしくは贈与をした時点で、もはやAに遺贈する気持ちは無くなったと考えるのが自然だからです。
なお、この場合に、遺言者が、「自宅はAに遺贈する」旨の遺言を作成したことを覚えていながら、あえてBに自宅を売却あるいは贈与した場合はもちろん、そのような遺言を作成したことを、すっかり忘れていた場合でも、結論は変りません。ただし、後から行った売買や贈与が、遺言者がBに騙されたり脅されたりしたことにより行われたものである場合には、遺言は撤回されなかったことになります。
では、遺言者が「私と死ぬまで同棲してくれたなら、Cに3000万円を遺贈する」という条件付の遺言を作成した後で、Cに1500万円を贈与した場合には、どうなるでしょうか? この場合、Cが「遺言者と死ぬまで同棲する」という条件をクリアしたならば、以下の3つの考え方があります。
(1)この遺言と贈与は両立しうるので、遺言は撤回されない。したがって、Cは贈与の1500万円+遺贈の3000万円の合計4500万円をもらえる。
(2)最終的にCに3000万円を与えたいのが遺言者の真意であるとして、Cに生前に1500万円を贈与した時点で遺贈の半分は撤回されたと考える。つまり、Cは贈与の1500万円+遺贈の1500万円の合計3000万円をもらえる。
(3)最初はCに3000万円を遺贈するつもりであったが、遺言者の気が変わり、生前に1500万円を贈与することで、それ以上の財産を与えるのは止めにしようとしたと考える。つまり、遺贈はすべて撤回されたとして、Cは生前に贈与された1500万円しかもらえない。
なお、この話は昭和18年当時の判例がベースになっていますが、実際の事案では、遺贈する金額は1万円、贈与した金額は5000円でした。ただし、当時は大卒銀行員の初任給が75円、もりそば1杯13銭の時代ですので、1万円を現在の金額に換算すると3000万円位になります。そのため、話をイメージしやすくするために、換算後の金額で書いています。
このケースで、判例では「遺言者は、Cに対して金3000万円を遺贈する代わりに生前に1500万円を贈与することにし、Cもまた遺言者に対して、以後一生を終えるまで他にもはや金銭の要求をしないことを約束して遺言者より金1500万円の交付を受けたということができるので、遺言者とCとの間の贈与契約は、前の遺贈とこれを両立させない趣旨のもとに行われたことは明白であるというべきである」として、遺贈はすべて撤回されたと判示しています。結局は、遺言者がどのような趣旨あるいは意図で、Cに生前贈与をしたのかが判断基準になっているようですね。
したがって、すでに遺言を作成した方が、その遺言の内容と関連のある財産の売買や贈与などを行う場合には、あらためて遺言の内容についても確認をする必要があります。特に、遺言で財産を遺贈すると書いた相手に、それとは別に生前贈与を行うような場合には、生前贈与した財産とは別に遺贈もする趣旨なのか、生前贈与をしたことでこれ以上は財産を与えない趣旨なのかは、遺言を書きかえるなどして明確にしておく必要があります。