遺言の文言で、「相続させる」と「遺贈する」では大違い?
自筆証書遺言では、しばしば遺言の偽造、変造、改ざんが問題となります。例えば、「全財産を長男に相続させる」という内容の自筆証書遺言について、二男など他の相続人が「これは父が作成した遺言ではない、兄が勝手にねつ造したものだ」と主張するような場合です。
このように、自筆証書遺言の有効性を巡って相続人同士が争い、裁判に至ったような場合には、遺言の筆跡鑑定が行われることがあります。自筆証書遺言は、個人の筆跡にはそれぞれ固有の特徴があり、他人が簡単に真似をすることができないことを前提に、本人が作成した遺言であることを作成者の筆跡によって確保しておこうという制度です。そのため、自筆証書遺言が間違いなく本人の自書により作成されたかどうかの判定は、まず筆跡の識別によるべきであり、その識別が不明確な場合に、はじめて他の状況証拠による判定の用途を用いるべきであるとされています(判例)。
筆跡鑑定の方法については、ひとつひとつの文字の書き方に着目し、その書き順、字画線の交叉する位置や角度、長さ、曲がり具合、点画の形態、書く速さ、力加減、滑らかさ、筆圧などの要素によって判断する方法や、本人の文章の癖(本人の国語力、文章力、句読点を打つ場所や頻度など)で判断する方法などがありますが、話がマニアックになるのでここでは深入りしないことにします。
しかし、筆跡鑑定には、実は多くの問題があります。まず、筆跡鑑定を行う場合には、遺言者の筆跡を示す資料が必要となります。しかし、毎日手書きで日記をつけている方ならともかく、パソコンが普及した現在では、手書きの文章を書く機会は減っています。ひと昔前であれば、年賀状が筆跡鑑定の資料として、割と利用されていたようです。しかし、近年では本文、住所ともパソコンで作成してプリンターで印刷したり、印刷業者に発注したりするケースが増えています。そうすると、筆跡鑑定の基礎となる資料が、意外に見つからないこともあります。
また、本人の年齢や健康状態、精神状態によっても筆跡は変化します。とりわけ問題となるのは、病床で体力が低下した状態や、病気で手が震えている状態で、最後の力を振り絞って書いた遺言です。また、普段は右利きの人が、けがや病気のため遺言を左手で書いたということもありえます。
このように、遺言当時の筆跡が、日記などに書かれていた筆跡と異なる事情がある場合には、筆跡鑑定の結果のみが決め手となるわけではなく、事案を総合的に分析して判断すべきであるとした判例もあります。
また、上記の例とは逆に、遺言がきちんとした文字で書かれているがために、かえって偽造が疑われることもありえます。「この遺言の日付は父が亡くなる3日前になっているが、その時の父の容態では、こんなしっかりとした文字は書けなかったはずだ、誰かが代筆したものではないか」という場合ですね。
ちなみに、本人の直筆に他人が手を添えて作成された自筆証書遺言の効力については、(1)遺言者が遺言の作成当時に自筆する能力があり、(2)遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり、かつ、(3)添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが、筆跡の上で判定できる場合には、「自書」の要件を充たすものとして有効になるとされています(判例)。要するに、本人が全く文字を書けない状態なのに、二人羽織のようにして実質的には添え手をした人が書いた遺言や、嫌がる本人の手を無理矢理動かして書かせた遺言は、「自書」の要件を充たさないので無効であるということです。まあ、当然といえば当然ですが。
いずれにせよ、自筆証書遺言は、このように筆跡を巡って相続争いを引き起こすことも多いので、特に手が不自由になってきたなど、自筆する能力が落ちてきたような時に遺言を作成する場合には、公正証書遺言にするのが望ましいといえます。