雪すかしと腰痛、その予防と対策
はじめに
「疲れているのに眠れない」「寝ても途中で目が覚める」「朝起きても疲れが取れない」
こうした訴えをされる方が年々増えています。
現代社会では、ストレスや緊張が長く続くことにより、自律神経のバランスが乱れ、睡眠や消化、体の回復力に影響を及ぼします。
今回は「仕事の疲れとストレスで眠れなくなった」47歳男性の症例をもとに、鍼灸治療がどのように役立つのかをご紹介します。
症例紹介
プロフィール
50歳・男性・団体職員
主訴:寝つきが悪い、寝汗、からだがチクチクする、下痢と便秘、疲れがとれない
来院動機:ホームページを見て来院
現病歴
この夏、暑くなって体調が崩れ始めました。
仕事が多忙でノルマに追われる日々。気が張りつめている状態が続き、夜は神経が高ぶって寝つけなくなりました。寝汗も増え、からだがチクチクする違和感。
医療機関で検査しましたが異常なく、それでも症状が一日中続くため、気になって仕方がない状態でした。
頭痛や首こり、肩こりが続き、鎮痛剤を服用しています。
下痢と便秘をくりかえし気味で、朝すっきり起きられず疲労感も残る。
仕事がうまくいくか心配で不安に思っています。
再度内科を受診するも、異常なしといわれ、自律神経失調症かと考え当院を受診されました。
初診時の状態
問診と体の状態を確認したところ、脈はやや弱く、体力の消耗と精神的な緊張の両方が見られました。
東洋医学的には「心気虚(しんききょ)」と呼ばれる状態で、ストレスや過労によって“心(しん)”のエネルギーが弱り、自律神経の働きが乱れていると考えられます(現医学でいう「心臓」のこととは違います)。
体はややむくみがあり、胃腸の働きも低下。
「眠りが浅く、夢が多い」「胸がドキドキする」「汗をかきやすい」といった症状も、心気虚に典型的です。
初回の治療
頭部と顔面の鍼で前頭前野(考えすぎ・ストレスで疲れやすい部分)の緊張を和らげ、
内関(ないかん)・神門(しんもん)などのツボで心を落ち着け、
足三里(あしさんり)・太衝(たいしょう)で全身の気の巡りを整えました。
また、肩井・天柱などの首肩のツボで血流を促し、頭痛やこりを軽減。
至陽にはお灸を施し、背中から体を温めて自律神経の安定を促しました。
施術後、「すっきりした」との感想をいただきました。
経過の記録
第2診
「よく眠れるようになり、仕事も安心してできるようになった」との報告。
同様の施術を実施。
第3診
経過良好。ただし、寝る時間が遅くなると再びヒリヒリ感が出るとのこと。
同様の施術で安定。
第4診
良好な経過。眠りも安定している。
第5診
「眠れている、ヒリヒリ感なし、頭痛なし。肩こりは時々感じる程度」
体調はほぼ回復。2週間後の再診を提案。
第6診
多忙な週で疲労が強く、時々不眠。頭痛なし。肩こり軽度。
同様の施術で良好に経過中。
その後
症状はほぼなくなりました。しかし相変わらず多忙なためときどき肩こりや頭痛がおこり、眠りが浅くなることがあるので期間をあけてメンテナンス的に施術を継続しています。体調良好で過ごせています。
考察:疲労とストレスが体に与える影響
1. 医学的な視点から
ストレスが続くと「自律神経系」のバランスが崩れます。
交感神経が優位な状態が続くと、脳が常に緊張状態になり、夜になってもリラックスできず眠れなくなります。
また、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌が増えることで、免疫や消化機能が低下。
下痢や便秘、倦怠感、筋肉のこりなども現れます。
この状態が長引くと、「疲れているのに眠れない」という悪循環に陥ります。
2. 東洋医学の視点から
東洋医学では、ストレスや疲労の蓄積により「気・血・水」の流れが滞り、特に「心」と「肝」に負担がかかると考えます。
「心」は眠りや精神の安定を司り、弱ると不眠や寝汗が起こる
「肝」は気の巡りを調整し、イライラや緊張、頭痛を引き起こす
この方の場合、長期的な精神的緊張で心と肝のバランスが崩れ、
心気虚・肝気鬱(かんきうつ)の状態になっていました。
鍼灸治療では、これらの臓腑バランスを整え、身体の回復力を高めることを目的とします。
日常生活でのセルフケア
疲労とストレスをためないためには、「自律神経をリセットする時間」を持つことが大切です。
睡眠のリズムを整える
- 就寝はできるだけ毎日同じ時間に
- スマートフォンやPCは寝る1時間前には見ない
- 温かい飲み物で体をゆるめる(白湯、ハーブティーなど)
食事と消化のケア
- 朝食を軽くでも取ることで体内時計が整う
- 冷たいものや刺激物を控え、胃腸にやさしい食事を心がける
- 甘いもの・カフェインの摂りすぎに注意
体を動かす習慣
1日20分程度の散歩やストレッチを
肩・首を軽く回すだけでも血流改善効果あり
〇 心のストレッチ
- 深呼吸を意識する
- 5分間の瞑想や目を閉じて何も考えない時間をつくる
- 「しなければならない」より「できたらいいな」に意識を変える
鍼灸が有効な理由(脳科学・自律神経の視点)
鍼刺激を受けると、脳の「視床下部」や「扁桃体」「前頭前野」などの領域が反応します。
これにより、
- ストレスホルモン(コルチゾール)の抑制
- 自律神経のバランス回復(交感神経→副交感神経へ)
- 脳内の鎮静物質セロトニンやエンドルフィンの分泌促進
といった反応が起こります。
実際に、MRIや脳波の研究でも、鍼治療によって脳の「過剰な緊張」が鎮まり、リラックス状態が誘導されることが報告されています。
つまり、鍼は“脳と自律神経のリセットボタン” ともいえるのです。
鍼灸治療が適応しないケース
医療機関で異常がないといわれても、以下のような場合は注意が必要です。
- 急な体重減少、動悸、息切れが強い場合
- 高熱や著しい倦怠感がある場合
- 強い不安・抑うつなど精神疾患が疑われる場合
これらは内科・心療内科での精密な評価が必要です。
鍼灸はあくまで「体の回復を助ける治療」であり、医療の代替ではありません。
まとめ
今回の症例では、仕事のストレスと疲労の積み重ねにより、自律神経が乱れ、不眠や体の違和感が出ていました。
鍼灸によって、
- 睡眠の質が改善
- 頭痛・ヒリヒリ感の軽減
- 日中の集中力の回復
が見られました。
鍼灸は、痛みや不調を直接「取り除く」のではなく、体本来の回復力を高め、「眠れる体」に整えていく療法です。
疲れやストレスで眠れない夜が続いている方、薬では解決しない不調にお悩みの方は、ぜひ一度、鍼灸という選択肢を知ってみてください。
きっと体が、静かに回復を始めてくれるはずです。



