篆書が教えるペン字の黄金比|左右対称と「空間の等分割」 シリーズ【美文字のルーツを辿る大人のペン字】NO2
文章全体の約7割を占めると言われる「ひらがな」。ひらがなが整うだけで、手書きのメッセージは見違えるほど美しく、読みやすくなります。しかし、「曲線が多くてバランスが取りづらい」「どうしても子供っぽい字になってしまう」と悩む方も多いのではないでしょうか。
その悩みを解決する鍵は、ひらがなのルーツとなった漢字「字母(じぼ)」にあります。ひらがなは、漢字を極限まで省略し、崩して生まれた文字です。
今回は、その元の姿を意識することで、ひらがなが驚くほど大人っぽく整う秘訣を解説します。
1. ひらがなは漢字の「影」である
ひらがなは、平安時代の貴族たちが漢字(万葉仮名)を崩して書く中で生まれた、日本独自の文字です。
例えば「あ」は「安」、「い」は「以」、「う」は「宇」という漢字から作られました。
この元になった漢字を「字母(じぼ)」と呼びます。
初心者がひらがなの形に迷うのは、その「骨組み」が見えにくいからです。ひらがなを書くときは、背景に字母が透けて見えているようなイメージを持ってみてください。漢字というしっかりとした「骨格」を意識することで、頼りなかった線に、芯の通った「しなやかな強さ」が宿ります。
2. 「安」が教える「あ」の安定感
具体的な例を見てみましょう。「あ」の字母は「安」です。
「安」という字は、冠(うかんむり)の下に「女」を書きます。この字の最大の特徴は、重心が低く、どっしりと安定していることです。
「あ」を書く際、一画目の横線を短めにし、三画目の結び(円を描く部分)を少し横に広げるように意識してみてください。すると、字母である「安」が持つ安定感が再現され、バランスの取れた「あ」になります。逆にここが浮いてしまうと、落ち着きのない印象になってしまいます。
3. 「以」の距離感が「い」の美しさを作る
次に、日常でよく使う「い」を見てみましょう。字母は「以」です。
「以」は、にんべんと右側のパーツで構成されており、この二つの間には程よい「空間」があります。
「い」を書く際、二つの線を近づけすぎていませんか? 字母である「以」の左右の広がりを意識し、一画目と二画目の間にゆったりとした空間を作ることで、大人らしい、余裕のある「い」が生まれます。このように、字母のシルエットを思い出すだけで、配置の迷いがなくなります。
4. 字母を知れば「形」の理由が見えてくる
字母を意識することで、なぜその形をしているのかという「理由」がはっきりと見えてきます。いくつか代表的な例を挙げてみましょう。
「な」の空間と角の名残: 字母は「奈」です。
一画目、二画目の十字の部分は「大」の名残です。三画目の点は、実は「示」の一画目の名残。そして四画目の「むすび」へ向かう動きは、「示」の下の部分を一筆で書いた軌跡です。
ここで重要なのが、四画目の「むすび」の手前で少し折れるような動きを入れることです。これは元の漢字(示)の角があった名残。ここを単なる丸ではなく、少し角を意識して書くだけで、字にグッと品格が生まれます。
「め」と「ぬ」の書き分け: 「め」の字母は「女」、「ぬ」の字母は「奴」です。
「め」を書くときは「女」という一文字をイメージすれば良いのですが、「ぬ」は右側に「又」というパーツが加わります。最後の「むすび」があるのは、この「又」を丸めて省略した結果です。つまり「ぬ」は「め(女)」よりも右側に少し突き出すような、横長の意識を持つと字母の面影が再現され、美しく整います。
「は」と「ほ」の横線の数: 似ているこの二字ですが、字母を知れば迷いは消えます。
「は」の字母は「波」で、右側は「皮」です。
「ほ」の字母は「保」で、右側は「呆(口と木)」です。
「保」の右側の複雑なパーツを無理やり二本の横線に凝縮したのが「ほ」の形。字母を思い浮かべれば、「ほ」の横線がなぜ二本必要なのかが自然と腑に落ちるはずです。
5. 漢字の「芯」とひらがなの「柔」
ひらがなは曲線主体ですが、ただ丸く書けばいいわけではありません。字母となった漢字の「折れ」や「カド」があった場所で、ほんの少しだけペンの動きを丁寧にする。このわずかな「溜め」が、ひらがなに品格のあるメリハリを与えてくれます。
漢字は「骨」のようにカッチリと、ひらがなはそれを包む「衣(ころも)」のように柔らかく。しかし、その内側には字母の強さをしっかりと秘める。このバランスが取れたとき、あなたの書く文章は芸術的な調和を持った一枚の作品になります。
結び
今回は、ひらがなのルーツである「字母」を意識した書き方のコツをお伝えしました。
私たちが日常、何気なく使っているひらがな一文字の中には、千年以上も前の漢字の記憶が刻まれています。そのルーツに思いを馳せながらペンを動かす時間は、自分自身の心と向き合う、とても贅沢なひとときです。
「あ」の中に「安」を見出し、「い」の中に「以」を感じる。そんな知的な楽しみを取り入れながら、あなたらしい、優しくも芯のある美文字を育てていきましょう。
次回は「カタカナ」のルーツを探ります。


