”おとうさん”と呼ぶのが
自分ではそんなはずはないと思っていたが、母の介護がストレスになって
体調を崩していた父。
しんどい時には、しんどいことを認めて、母が居ない時には、素直にホッとする・・・
そうやっていいんやと思えたことで、体調も回復してきて・・・と前回書いた。
週末、2泊3日で母はショートステイだった。
その間、父がどうやって過ごしたか・・・
私などは、ホッとする → のんびり過ごす・・・と思うのだが、
父は、母が居ると制限される“活動”に着手。
毎日、休む間もなく動き回っていた・・・らしい。
年賀状を作りたいので、私にせっつき、
出来た原稿を事務所にまで取りにやってきて、
“プリントごっこ(いまだに活躍)”で、せっせと百数十枚を印刷。
合間に畑に行き、大根を取っては、車で配れるところは運搬し、
遠方には宅配便で送り・・・
きくと、総数30本ほどの大根が、あちこちに届けられたよう・・・
重かった・・・と言うてはります。
いっぺんにするから・・・(いくら言っても、きかない・・・)
さらに、年賀状で座って字を書く時間が長いので、歩きたくなった・・・と
筆をおいたら、「明石まで行ってくる」・・・といきなり帽子をかぶって
アッという間に居なくなる・・・
「よー動いた(働いた・・・ともいう)」と言って、ビールをグビグビ。
この瞬間が何よりの至福???
母のそばで一緒に過ごすことも、とても貴重な時間だし、大事な役目であるけれど
父にとっては、“動いてなんぼ”なので、目に見えて何かが片付いたり、
肉体的に疲れたりして、初めて充足感があるのだろう。
まあ、動ける間に、いくらでも好きに動いてもらおうと思う。
将来、思うように動けなくなったら、いったいどうなるのやら・・・
母の介護のストレスぐらいでは済まない・・・という心配はあるが、
その時はもう、動けるだけ動いた・・・と、ケロッと受け入れているかもしれないし。