私が帰っても
父が全面的に母の介護をすると決めて まもなく二週間。
私も 今まで以上に 父がしていることを、じーっと みるようになった。
これまでは、つい 口が出て、結局私が替わってしまっていた。
そこを じっとがまんして、よくよくみていると、気づいたことがある。
几帳面だと思っていた父だが(畑でも、料理でも)、なんというか、ざつい。
私に言われるのは、甚だ不本意であろうけれど…
ざつい理由は、なんでも 「いっぺんにやろうとする」からだとわかった。
なぜだか、「速さ」を求めているのだ。
夜の着替え
せっかく容量たっぷりの紙パンツをはいているのに、漏れている。
許容量を越えて ではない。
ウエストまで、しっかり上げていないから。
パンツとパジャマのズボンを、「いっぺんに」引っ張り上げるので、
パンツがちゃんと上がっているか、確認ができない。
しかも パジャマのズボンの後ろの真ん中の線は、大きく右にズレている…
慌てず、ゆっくり、一つひとつ確実に~ が、結局は、一番安全で安心だということが、
私がこの三年で実感したこと。
そら、ちゃっちゃと手早く、さらに確実にできるという人は、たくさんいるし、
そうできるにこしたことはないですが。
でも、その腕を磨くより、私は 母に待ってもらうことを 身につけた。
待ってもらえる というのは、すごい気持ちが楽。
これだけ認知症が進んでいるので、もう、わかって待っているのでは決してない。
それでも 気持ちをノセたり、そらしたりすることで、きげんよく待っている。
おそらくまだ父には不安があるので、できるだけ速く済まそうと思うのだろう。
そういう「空気」は、とてもダイレクトに母に伝わる。
そして、母の機嫌が悪くなる。動きが止まる。時には、暴言も飛び出す。
さらに、父があせる・・・
母は、今では「空気を読む」ことの天才。
認知症に関わらず、介護、看護を受けている側は、必然的にそこが研ぎ澄まされる…と思えるが。
父には、「あわてない、あせらない」ということに 意識を向けてもらっている
が、これがとてつもなく、“なじまない”ことのようである。
元来せっかちな父であるので・・・・
まだまだ、“初めの第一歩”から、足踏み状態・・・
気長~に、娘は応援しています(気ぃ長いのは大得意なので)