クリスマスの電飾
朝の「げげげの女房」で、
「仕事なんやから 相手の求めるものにも応えなあかんだろう~~」というような
水木センセのセリフがあった・・・
妖怪でも 後利益のあるものやら、いわゆるパワースポット的なものやらを
時代が求めている・・・らしい。
昭和56年・・・とある。
時代が変わっても 人の本質的なところは変わらない・・・
とも言われる。
けれど、確かにその時代時代、特徴的な流れというものは はっきりある。
バブル期に向かうあの時代。
人と違うものを、人より一歩でも先に 手に入れたいというような
そんな流れが確かにあった・・・よう・・・・
あったよう・・・というのもあいまいですが、
そのバブル全盛期に私も大学生だったはずなのに、
なぜか 貧乏な学生生活の記憶しかない。
京都までの通学定期代に バイト代は消え(確か半年分で20万円??!!・・・)
学食で一番高価だった400円のお弁当に憧れつつも食べたのはほんの数回。
まあ うちの大学自体が 女子でもフツーにジャージで校内を歩いているような学校でした。
ブランドバッグ持っている子というのは ほぼ周りにはいなかった。
そうそう、例の野外活動の下見が 土曜日(当時は土曜日も半日授業があった)の
午後からやった時に、授業を受けたそのままの格好で集合場所に行くと
(たしかTシャツ 綿パン スニーカー リュック ←フツーの通学スタイル)
西宮および東神戸界隈の女子大生の面々に 絶句された記憶あり・・・
それでも うらやましいというような気持ちになったことはない。
というか、そう やっぱりマイペースに(ずぶとく)生きていたのです。
本当に“時代が求めるもの”があって、人が乗り遅れまいとして、結果煽るのか
そんなものはないのに、時代の流れ云々~を縦前として
商業ベースで人心を操るのか・・・・
“介護”の話でも 時代の流れ云々~は よく言われる。
ビジネスである以上、「先んずれば人を制す」こともあるやろう。
けれど、そんな“時代”の流れの中でも
一人一人から 見えること、聞こえること、感じること伝わることを
しっかりと受け取っていきたい。
好きな言葉
「変えられることを変える勇気と
変えられないことを 受け入れる勇気を」
目の前のことがどちらなのか、
どう向き合うのか
いつもいつも 問いかける。
そして、動く。
その積み重ね。
芯がブレない 水木センセ。
支える家族。
今の時代も ちゃんとその姿を受け取っている。