建築として見ているつもりでした。見ていたのは、まちでした。
見えるものと、見えないもの

建築は、建物をつくる仕事だと思われています。
間取りやデザイン。
耐震性や断熱性。
性能やコスト。
どれも住まいには欠かせない、大切な要素です。
けれど私は、建築に携わる中で、少しずつ興味が変わっていきました。
子どもの頃は、建物の「かたち」に惹かれていました。
大学二年生でヨーロッパを訪れたとき、
心を動かされたのは、建物そのものではなく、
その場所に流れる光や空気、人々の暮らしでした。
大学四年生で設計事務所に勤めるようになると、
今度は建物をつくる人の人柄や、
その建築に込められた思いに興味を持つようになりました。
振り返ると、
私の関心は、目に見えるものから、
目に見えないものへと移っていったのです。
建物は、目に見えます。
空間は、目に見えません。
けれど、空間もまた、確かにある「かたち」です。
朝の光。
窓を抜ける風。
木の香り。
静けさ。
家族との距離。
その場所に流れる時間。
図面には描くことができず、
性能や数値だけでは表すことのできないもの。
それでも、人はそうした目に見えないものを感じながら暮らしています。
神社や古民家を訪れたとき、なぜかまた行きたくなることがあります。
建物が美しいからだけではありません。
その場所に流れる空間や、積み重ねられた時間、
人の営みが、心に静かに残るからではないでしょうか。
私は、その心に残り、伝わり、
また新しい場所で生まれていくものを「余情」と考えています。
建築とは、建物を完成させることではありません。
目に見える建物を整えながら、目に見えない空間を育むこと。
そして、その空間に余情を残していくこと。
それが、私の目指す建築です。
家づくりでは、「どんな建物を建てるか」だけではなく、
「どんな空間で暮らしたいか」
そんなことから、一緒に考えてみませんか。


