あなたの思いをカタチにする、オリジナルガラス位牌のご紹介
名前だけ彫る意味はありますか?
言葉を削った分、不安になること
オーダーのご相談の中で、よくいただく質問があります。
「名前だけ彫る、というのは意味があるのでしょうか?」
戒名や説明的な言葉を入れない。
日付も最低限。
そう考えたときに、「少なすぎるのでは」と感じる方もいらっしゃいます。
その迷いは、とても自然なものだと思っています。
情報が少ない=想いが薄い、ではありません
「たくさん書いたほうが、ちゃんとしている」
そう感じられる場面は、確かにあります。
けれど、こと“記憶”に関しては、
情報量と深さは、必ずしも比例しません。
名前は、その人がこの世に存在した証そのものです。
それ以上でも、それ以下でもありません。
名前だけだから、固定されない
肩書きや関係性、評価やエピソード。
そういった言葉を刻むと、
どうしても意味が一方向に定まります。
名前だけを彫ると、
見る側は、それぞれの記憶を自由に重ねることができます。
* 楽しかった記憶
* まだ整理できていない感情
* 言葉にできなかった想い
どれも、排除されません。
戒名や説明を入れない、という選択
宗教的な形式や、決まった表現を否定したいわけではありません。
ただ、このガラス作品では
「あとから意味を足さなくていい」
「説明しなくていい」
そんな在り方を大切にしたいと考えています。
名前だけなら、
時が経っても、意味が変わっても、
違和感なく、そこにあり続けます。
ガラスという素材との相性
ガラスは、感情を主張しない素材です。
温度も、匂いも、言葉も持ちません。
そこに刻まれた名前は、
強く語ることなく、
ただ「消えない」という性質だけを持ちます。
日々の暮らしの中で、
ふと目に入る。
それだけで、十分な方もいます。
こう感じる方には、意味があります
・言葉を足しすぎたくない
・説明よりも、感覚を大切にしたい
・決まった形に当てはめたくない
・想いを、自由なまま残したい
不安があるなら、無理に選ばなくていい
「やっぱり、何か言葉を入れたい」
そう感じる場合は、その感覚も大切だと思います。
名前だけが正解、ということはありません。
ただ、
静かに残す方法のひとつとして
選択肢にあってもいいのでは、と考えています。
おわりに
名前だけを刻む、というのは、
簡略化ではなく、削ぎ落とす選択です。
多くを語らないからこそ、
見る人の中で、語り続けられる。
その余白に意味を感じる方にとっては、
名前だけでも、十分なのだと思っています。


