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コラム

事業承継成功事例 売上を7倍にした娘婿!  <浦安市川の中小企業支援コラム>

2018年4月23日

機動戦士ガンダムファン垂涎の『ザクとうふ』で世間をあっと云わせ、若い女性狙いの『ナチュラルとうふ』で第6回ものづくり日本大賞を受賞した相模屋食料㈱は日本一の豆腐メーカーでです。日経トップリーダーは事業承継の成功者である星野リゾート/星野社長が事業承継に焦点を当てたシリーズ企画を掲載中ですが、斬新経営で名を馳せる鳥越社長が、星野社長との対談でその斬新経営の神髄を語っています。以下要約抜粋して紹介させて頂きます。

絶対に継がせて下さい!と懇願

飲み屋で会社批判を繰り広げるのが何より楽しい雪印乳業の社員でしたが、営業先のスーパーの跡取り息子(購買担当)から、「文句ばっかり云うなら、お前、自分でやればいいじゃないか!」とガツンと云われ、事業をしたい気持ちが芽生えました。そのスーパーへの売り込みを雪印では私が、相模屋では妻がやっていた関係で親しくなり結婚しました。その際に(2002年)、社長である義父から「継がないか」と言われ、「絶対やりたいです!やらせて下さい!」と即答、相模屋に入社しました。

志願して2年間は工場の現場で猛勉強

最初の2年間は志願して製造現場の作業員をやりました。私には原体験があるのです。2000年雪印は大阪で1万人を超える被害者を出した食中毒事件を起こし、私も謝罪のため各被害者宅を回りました。罵声も浴びましたが、一番多く聞いたのは「何故、こんなことになったのか?」との声でした。私は全く答えられなくて、忸怩たる思いが残りました。だから、物造りの会社をやるのなら、製造工程をきちっと理解したいと思ったのです。最初に製造を極めたことは、斬新な商品開発等その後の成長の原動力になったと思います(江原会長は当時を振り返り、”仕事は毎朝1時から、気難しい職人に囲まれた職場で2年間も頑張ったのだから、相当芯の強い男だと思った”と述懐し、2007年に社長を譲った)。

売上高32億円のときに41億円を投じた豆腐工場

会長との信頼関係を築く大きな出来事は2005年稼働の第三工場でしょう。売上高32億円のときに41億円を投じて建てた日本最大の豆腐工場です。最初は義父以外、妻も含めて全員が反対でしたが、私はこう考えました。豆腐市場は長く縮小傾向にあるが、それは消費者がお豆腐から離れているからなのか?でも、皆さん、お豆腐を日常的に食べていらっしゃる。なら、そうではなくて、メーカーの力不足で、お豆腐を進化させられないからじゃないか!豆腐も、あらゆる食品と一緒で作り立ての熱々が一番美味しいのに、技術面から冷やしてからパック詰めしている。熱々をパック詰めする製法を開発し、最新鋭の工場で一気に自動化を進めれば、雑菌の繁殖も防げて賞味期限も延びるから、販売エリアが関東から全国へ広がる。そうすれば利益が出る体質になる。座して死を待つより、新工場に掛けてみよう!そう妻を説得してから、義父へ「新工場、やりたいです!」と電話したら、諦めかけ落ち込んでいた義父の声がパーツと明るくなりました。最新鋭工場は見学に訪れるバイヤーさんにインパクトを与え、口コミで評判を呼び、今や、売上高は200億円を超え、7倍になりました。

死に物狂いの姿勢が支援を呼ぶ!

第三工場のような挑戦は、何度原価計算を繰り返したところで、巧く行くメドなんて立つものじゃありません。数字がどうこうと云うより、自分達には美味しい豆腐をキチッと作れる技術があるし、それをシッカリ売る販売力があれば、何とかなるはずだ。そう信じられたら、後は七転八倒するだけです。死に物狂いの姿勢が周囲の目を集め、支援してくれる人が現れるのです。


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