この時期に改めて考えたい 崇拝と信仰の真意とは

星河愛子

星河愛子

テーマ:私見

みなさま、今年もお疲れ様でした。この一年間どのように過ごされて、どのような変化があったでしょうか。筆者も後半になるほど多忙を極め、コラムも遅れてしまいましたが、経験値として今後に生かしたいと思います。
来年は何か新しいことを始めたり、よいことがあるように望んでおられることでしょう。年初めにそのように神に祈る方も多いと思います。「祈る」という崇拝行為は、動物とは違い人間だけの特権といえるだけに、改めて考えてみるととても意味深いことがわかります。

宗教が崇拝の方式だとするなら、その崇拝が正しいかどうかを決めるのは、花や趣味のように自分の好みで選ぶというより、神に受け入れられる崇拝かどうかのほうが重要であることを、常に考えに入れておきたいと個人的に思っています。

『神は霊であられるので、神を崇拝する者も霊と真理をもって崇拝しなければなりません』- ヨハネ4:24 -

真理は知識と関係があるため、儀式や形式や根拠の不確かな盲信ではなく、神や真理についての正確な知識に基づいて、霊と信仰をもって、心を注ぎ出す崇拝が神から求められていることがわかります。信仰心から祈るわけですが、では信仰とはなんでしょうか。聖書にはこう定義されていました。

『信仰とは、望んでいる事柄に対する保証された期待であり、見えない実態についての明白な論証です』- ヘブライ11:1 -

見えなくても存在するものについての納得させる証拠から、望んでいる事柄の権利証書をすでに得ているかのような希望や確信がもてれば幸福ですね。イエスは、からしの種粒ほどの信仰があれば、山のような障害も動かせると述べましたが、「死ぬ前に後悔すること」の本のランキングのひとつに「本当の信仰をもっていればよかった」という言葉があったのは印象的でした。誰もが本当の信仰を見出せているわけではない証拠だと思えました。たとえ死に面しても何があっても動じない信仰をもつために、人は人生や命をかけられる真理を探求してきたのではないでしょうか。

混迷した時勢に、みなさまが神に受け入れられる崇拝の方式を、賢く探し見出すことができますように。

リンクをコピーしました

Mybestpro Members

星河愛子
専門家

星河愛子(スマホ診断・オンライン複業支援)

サテライト合同会社

副作用なく心の傷も潜在脳力や可能性のギフトに転換する日本初DSR認定トレーナー。明治維新で先祖も関わり日本は一つに。分断世界も一つにと一致した国際ボランティア活動と世界初の安心安全な環境で協業推進中。

星河愛子プロは朝日新聞が厳正なる審査をした登録専門家です

関連するコラム

プロのおすすめするコラム

コラムテーマ

コラム一覧に戻る

プロのインタビューを読む

女性の心のケアと目標達成を後押しする健康心理士

星河愛子プロへの仕事の相談・依頼

仕事の相談・依頼