【ろんぱく999】論文博士とは? 働きながら博士号を取得する方法を聞いた。学費も時間もない社会人研究者のための論文博士という選択肢
起業家インタビュー(聞き手:新井一@起業18フォーラム)
「起業したい。でも、何をやるかが決まらない」
これは私が26年間、起業の相談を受けてきて、最も多く聞いてきた言葉です。
多くの方は、この状態を「アイデア不足」だと思っています。ですが、本当はそうではありません。起業という器のほうを、夢だと思い込んでいるのです。
今回お話を伺ったのは、プログラミング学習サービス「Code & Magic」を運営する、サムライアプス株式会社代表の土居意弘さん。会社員を22年務めたのち、個人(フリーランス)と法人の二枚看板で活動されています。
そして今日の話の芯は、ご本人のこの一言です。「夢は起業ではありませんでした」
22年、勤めることを選びました
実家が自営業でした
新井:まず、起業への憧れはいつからありましたか?
土居:かなり早いです。実家が自営業でしたし、私自身も何でも自分でやりたいタイプでした。ただ、ビジネスのことを何も知らないまま独立するのは無理だと思ったのです。それで、まず勤めることを選びました。
新井:それは正しい判断ですね。「知らないことを知らない」状態で飛び出すと、練習台が自分の生活になってしまうのですよね。
土居:結果的に、外資系の大手IT企業に10年、その後は国内のソフトウェア企業に12年半勤めました。どちらでも、新規ビジネスに近い仕事をさせてもらいました。
新井:22年で、しかも両方とも新規事業畑ですか。それは相当な訓練ですね。
土居:あらゆることを自分たちでやる、という姿勢は確実にそこで培われました。同時に、新規ビジネスがどれだけ難しいかも知りました。
新井:ここは読者の方に強調しておきたい点です。会社員時代の22年を「回り道」と見る方がいますが、違いますよね。新規事業の失敗を、お給料をもらいながら何度も見られる立場は、学費のかからない大学院のようなものです。
社会人サークルが、最初の起業挑戦でした
新井:勤めながら、外への発信もされていたそうですね?
土居:ネットのサークルで、仲間と作品を作っていました。身内向けではなく、外に出していたのが特徴です。私の作品はフリーウェアとして公開しましたし、メンバーの作品がサークル名義で100円ショップに並んだこともあります。
新井:それはすでに立派は事業の形になっていますね。
土居:今思えば、あれが最初の起業挑戦だったのかもしれません。ただ、残りませんでした。
新井:残らなかった、という言い方が正直ですね。
土居:作品と、そこで生まれた関係は残っています。当時のサークルリーダーとは、今でもたまに会います。でも、続く仕組みにはならなかったのです。
新井:楽しさだけでは続きませんからね。やっぱりお金が入らないと、人は大人になるにつれて集まれなくなります。ここは後半でもう一度触れさせてください。
夢だと思っていたのは、器のほうでした
20年近くたって、夢だけが宙に浮いていた
新井:そのサークル活動のあとは、どうなっていったのでしょうか?
土居:それから20年近くたって、ふと振り返ったのです。そうしたら、起業の夢だけが宙に浮いたままでした。
新井:具体的な中身がないまま、憧れだけが残っている状態ですね。
土居:その通りです。諦めきれずに起業本を読み漁りましたし、YouTubeもあれこれ見ました。
新井:それで、どうなりました?
土居:結論に行き着いてしまったのです。気をつけるポイントはどれも同じで、結局は行動がすべてだと。
新井:正しい結論です。私も本を書いておいて言うのも何ですが、インプットを増やしている間は、まだ何も始まっていないのですよね。
起業本を読むのをやめました
土居:それならもう、あまりガツガツしていなくて、リアリティのありそうな『起業18』のやり方をなぞろうと決めました。そこで起業本を読むのをやめました(笑)。
新井:「1つに絞った」ということですね。
土居:他を閉じないと進まない、という感覚はありました。
新井:迷っている方の多くは、情報を集めることで前進している気分になります。ところが実際には、選択肢を増やして決断を先送りしているだけだったりします。土居さんは、そこを22年目にして切ったわけですね。
原風景に、再会しました
中年男性1000人が、同じところで泣きました
新井:転機になった出来事があったと伺っています。何があったのでしょうか?
土居:ワークに取り組むなかで、自分の最初の心を思い出しました。子どものころ、「ベーマガ(マイコンBASICマガジン)」に寝食を忘れてハマっていたのです。
新井:プログラムを打ち込んでいた、あの世代ですね。
土居:ちょうど同じ時期に、ベーマガのファンイベントがありました。行ってみたら、会場に中年男性が1000人集まっていたのです。
新井:1000人ですか!
土居:誰一人として知り合いではないのに、全員が同じところで笑って、同じところで泣くのです。同じ思い出を共有しているからです。子どものころ、できなかったことができるようになっていく。あの成長の高揚感を一緒に味わった仲間、という感覚でした。
新井:ステージ側には、当時その世界を引っ張っていた方々がいらっしゃったのですよね。
土居:そうです。あの日の会場にあったものを、今度は自分たちが作る側としてもう一度やりたい。それが Code & Magic の正体だと思っています。
新井:ここが今日の分岐点です。器(起業)に、中身(この場を作りたい)がはまった瞬間ですね。
Pyxel というピースがはまりました
土居:さらに、国内に Pyxel という、まさに同じ目的のために作られたソフトウェアがあることを知りました。ピースががっちりハマった感覚があって、夢中で作り始めたのです。
新井:ただ、ビジネスとしてはすぐに動かなかったのですか?
土居:1ミリも進みませんでした。しばらくは完全に趣味の延長です。
新井:正直ですね(笑) でも、これも非常によくある状態です。作るのが楽しい期間は、事業としては止まっているのですよね。
会社員を卒業した理由は、夢の実現ではありません
新井:そこから独立されました。私は普段「会社を辞めずに始めましょう」と申し上げているので、少し突っ込ませてください。なぜ辞めたのですか?
土居:時間の使い方を変えるためです。ただ、それは夢の実現ではありません。夢を追うための形を、先に用意したということでした。
新井:つまり、起業がゴールではなくスタートラインになった。
土居:はい。個人はフリーランスとして受託で稼ぎ、法人のサムライアプス株式会社で Code & Magic をじっくり伸ばす、という組み立てです。稼ぐ側と育てる側を、意識的に分けました。
新井:これは仕組みとして非常にきれいですね。稼ぐ事業と、育てる事業を同じ財布に入れない。混ぜてしまうと、売上の出ない育成事業のほうが必ず後回しになりますから。
整理すると、こういう構造です。
- 会社員を22年続けたことで、事業の中身の解像度が上がった
- 辞める前に、フリーランスという稼ぐ手段を確保している
- 育てたい事業は、収益が出るまで時間がかかる前提で法人側に置いている
新井:給料の代わりを先に作ってから出たわけですから、構造としては「会社員のまま始める」のと同じです。危ないのは、稼ぐ手段がないまま「好きなこと」だけを持って飛び出す形ですね。
土居:そこは意識しました。
現在地は、登録90名・売上はほぼゼロです
新井:数字はどうですか?
土居:登録ユーザーは90名ほど、売上はほぼゼロです。まだ「続けるための仕組み」を作っている最中で、成功譚ではありません。
新井:その数字をご自身から出せる方は、正直に申し上げてあまりいません。ありがとうございます。
ただし、厳しいことも言えば、90名という数字は、まだ「場」ではなく「集まり」ですよね。20代のころのサークルが残らなかった理由と、同じ危険が目の前にあるかと。。
土居:おっしゃる通りだと思います。
新井:楽しさで人は集まりますが、お金がないと維持できません。土居さんが今やるべきなのは、機能を増やすことではなく、誰が、何に、いくら払うのかを決めることですね。
土居:そこは自覚しています。収益事業をやりたいという気持ちは、厳然と私の中心にあります。ボランティア魂でやっているわけではありません。その収益事業が、ベーマガのような高揚感を作る場とリンクしたっていいじゃないか、というだけなのです。
「送り出す」ことを前提にした場
新井:ターゲットの決め方が、少し独特ですね?
土居:プロを目指すエンジニア志望者でも、情報科学でいい成績を取りたい学生でもありません。楽しいからやる、という人たちです。本格的な学習サービスは世の中にたくさんありますから、Code & Magic で楽しいと思えて、もっと深く掘りたくなったら、そちらへ移っていただければいい。送り出すことを前提にした場です。
新井:これはビジネスとして見ても筋が通っていますね。プログラミング学習の市場は、いま「成績に結びつくか」「お金になるか」で評価される方向に成熟しましたが、そこは大手が強い。でも、「楽しいからやる人」という枠にずらせば、競合がかなり減りますね。
土居:ベーマガ世代だけれどIT方面には進まなかった、でもプログラミングにちょっと憧れがある。そういう中年の方とも一緒に楽しみたいと思っています。
新井:しかも、その層は可処分所得がありますしね。送り出す前提だと公言している点もすばらしい。囲い込まない人のところに、人は残りますから。
対談を終えて:器を先に手に入れた人が、次にやること
新井:本日は貴重なお話をありがとうございました。最後に、私の側からも整理させてください。
土居さんは、起業に憧れながら22年勤めました。数字だけ見れば「遅い」と言われる経歴です。ところが、その22年があったからこそ、自分の夢が「起業」ではなく「Code & Magic という場」だったと分かった。
夢が先にあって器を用意する人もいれば、器に憧れて、中身を22年かけて探す人もいる。どちらが正しいということはありません。ただ、探している間の生活をどう支えるかが決定的に重要になります。土居さんが22年勤め、独立後もフリーランスで稼ぎながら事業を育てているのは、そのためです。ここからが本番です。
土居:はい。10年後に「Code & Magic ってのをやっててプログラミングにハマったんだよね」と言うエンジニアに出会えたら、それでいいと思っています。若い人でもいいし、おじさんでもいい。
新井:読者の皆さまの中にも、「起業したいが何をやるか決まらない」という方がいらっしゃると思います。その方にお伝えしたいのは、決まらないのは、まだ自分の原風景に再会していないだけかもしれない、ということです。土居さんの場合は、それがイベント会場の1000人だったということですね。
土居:ありがとうございました。




