【ビギナーズラックを心理学で読み解く】―うまくいっている状態が続かない“心の構造”―
「何度も同じ説明をしている」
「部下が指示と違う動きをする」
「幹部間で認識がズレて、意思決定が遅れる」
経営者・管理者にとって、こうしたコミュニケーションのズレは
時間的ロスだけでなく、組織全体の生産性を下げる大きな要因です。
実は、これらは「伝え方のスキル」の問題ではなく、
脳の認識メカニズムの違いが原因で起こります。
本記事では、心理学と脳科学の視点から
「なぜ経営者の意図が伝わらないのか」
「どうすればマネジメントのコミュニケーションが変わるのか」を、
実践的な事例とともに解説します。
経営現場でよくある「伝わらない」の3パターン
多くの経営者・管理者が直面するコミュニケーションの問題は、
実は3つの典型的なパターンに集約されます。
パターン①:「考えて動いて」→部下は「何をすべきか分からない」と止まる
経営者は「自律的に判断してほしい」と思って伝えたつもりでも、
部下の脳は「具体的な指示がない=動いてはいけない」と受け取ります。
結果、報連相が増え、マイクロマネジメントの悪循環に陥ります。
パターン②:経営会議の決定事項→現場では「また方針が変わった」と受け取られる
経営層にとっては「戦略の進化」でも、
現場の脳は「一貫性のなさ」として記憶に刻まれます。
これが信頼低下や、指示待ち文化を生む原因になります。
パターン③:1on1で伝えたつもり→部下は「詰められた」と感じてモチベーション低下
経営者が「期待を込めて」伝えた言葉でも、
部下の脳が感情トーンを「脅威」と判断すると、
内容ではなく「責められた」という記憶だけが残ります。
「伝わらない」は能力の問題ではない──脳の『フィルター機能』
人の脳は、目や耳から入る膨大な情報のうち、
必要だと判断した情報だけを無意識に選び取っています。
この仕組みを「RAS(網様体賦活系)」といいます。
つまり、部下や幹部があなたの話を正しく受け取るかどうかは、
相手の“脳の設定”によって決まってしまうのです。
「同じ言葉を聞いても、人によって受け取り方が違う」のは、
このフィルターがそれぞれ異なるため。
努力しても伝わらないのは、単に“脳の焦点”がズレているからなのです。
特に経営者と現場では、見ている時間軸・優先順位・リスク認識が根本的に異なるため、
同じ言葉でも脳が受け取る意味がまったく違うことが頻繁に起こります。
心理学が示す“すれ違い”の正体──経営者と部下の焦点のズレ
心理学的には、経営者と部下の伝達のズレは次の3段階で起こります。
- 焦点のズレ:経営者は「成果」、部下は「プロセス」に焦点を当てている
- 意味付けのズレ:「スピード重視」と言っても、経営者と部下では「スピード」の定義が違う
- 感情のズレ:伝える内容よりも“感情トーン”に脳が反応し、防衛反応が起きる
たとえば経営者が「もっと考えて行動して」と言ったつもりでも、
部下の脳は「今の行動を否定された」と受け取ります。
これが、会話のすれ違いやモチベーション低下、さらには離職を生む原因です。
特にマネジメント層は、自分の焦点が相手と異なる前提でコミュニケーションを設計する必要があります。
伝わる経営者が無意識に使っている脳の使い方
脳科学的に見ると、「伝わる経営者」は次のような特徴を持ちます。
- 相手の焦点を観察してから言葉を選ぶ(部下が何に注目しているかを先に把握)
- 情報を複数のチャンネルで伝える(抽象概念を具体的イメージに変換)
- 自分の感情トーンを整えてから話す(脳は内容より先に感情を読み取る)
特にビジネスでは、理屈よりも“印象”や“感情の一致”が優先されやすいため、
脳の反応レベルで「安全」「信頼」と感じてもらうことが、
指示の浸透率を大きく左右します。
優れた経営者は、無意識にこれを実践しているのです。
なぜ1つの伝え方では伝わらないのか?──脳の3つの認知チャンネル
「ちゃんと伝えたのに、なぜか部下が違う動きをする」
これは、脳が情報を受け取る“優先チャンネル”が人によって違うからです。
脳科学では、人は主に3つの認知チャンネルで情報を処理します。
- 視覚優先型:映像・数字・期限など「見えるもの」で理解する
- 聴覚優先型:理由・背景・論理など「言葉の意味」で理解する
- 体感覚優先型:感情・雰囲気・体験など「感じるもの」で理解する
たとえば、経営者が「スピード重視で動いて」と言った場合:
視覚優先型の部下は「具体的に何日まで?」とイメージできないと動けない。
聴覚優先型の部下は「なぜスピードが必要か?」の論理がないと腹落ちしない。
体感覚優先型の部下は「急かされている」という感情が先に立ち、焦って動けなくなる。
つまり、1つのチャンネルだけで伝えると、脳のタイプが合わない人には届かないのです。
結果、
「何度も説明する」「指示通り動かない」「勝手に解釈される」
という無駄な往復が発生します。
だからこそ、伝わる経営者は無意識に3つのチャンネルを使い分けているのです。
今日からできる“伝わるマネジメント”への3つのステップ
実践的に使うには、脳の働きを意識して次の3ステップを取り入れてみましょう。
① 相手の焦点を観察する(何に反応しているか、何を重視しているかを意識)
例:部下が「納期」に敏感なら、まず納期の話から入る。
部下が「なぜ?」と聞くタイプなら、背景や理由を先に説明する。
② 指示を3つのチャンネルで伝える
1つの伝え方ではなく、視覚・聴覚・体感覚の3つを意識的に入れることで、
脳のタイプが違う人にも、同時に伝わります。
例:「スピード重視で動いて」
↓
視覚:「今週金曜17時までに第一案を出してほしい」(具体的な期限・ゴール)
聴覚:「理由は、来週の経営会議で方向性を決めたいから」(論理・背景)
体感覚:「完璧じゃなくていいので、まず形にしてみよう」(感情への配慮)
これだけで、「伝わる」確率が飛躍的に高まり、指示の往復回数が減ります。
③ 自分の感情を整える(落ち着いたトーンで、相手の脳を防衛モードにしない)
例:1on1の前に深呼吸、焦りや苛立ちを一度リセット。
部下の脳は内容より先に感情トーンを読み取るため、
冷静なトーンで話すだけで、情報の受け取り方が変わります。
相手を変えようとするのではなく、
自分の“脳の使い方”を少し変えることがポイントです。
脳科学的アプローチで得られる3つの経営成果
この脳科学的コミュニケーションを取り入れることで、
経営者・管理者は以下のような具体的な成果を得られます。
- 指示の往復回数が減り、意思決定スピードが向上
- →「もう一度説明してください」が減り、経営判断が現場に速く届く
- 部下の自律性が高まり、マイクロマネジメントから解放される
- →「考えて動ける人材」が育ち、経営者の時間が戦略業務に使える
- 組織内の心理的安全性が高まり、離職率が低下
- →「この会社では意見が言える」という安心感が、定着率を上げる
コミュニケーションのズレは、組織の生産性に直結します。
脳科学の視点を持つことで、経営者自身の負担も大きく軽減されます。
まとめ:伝える力は「組織の生産性」を左右する
「伝わらない」のはスキル不足ではなく、脳の仕組みが違うだけ。
脳科学と心理学の視点を取り入れると、
人間関係のすれ違いは驚くほど減ります。
経営者・管理者にとって、コミュニケーションを改善する最短ルートは、
相手を変えることではなく、
自分の“脳の使い方”を見直すことです。
それが、組織全体のパフォーマンスを引き上げる、
もっとも費用対効果の高い投資になります。



