「ケアレスミスが多い」という指摘で、学力は本当に伸びるのか
「考えなさい」「集中しなさい」
「考えなさい」「集中しなさい」。
教育の現場で、当たり前のように使われている言葉です。
しかし私は、この言葉を指導だと思ったことがありません。
それは方法ではなく、結果だけを求める要求だからです。
考えられない子に「考えなさい」と言う。
集中できない子に「集中しなさい」と言う。
それで改善するなら、指導は誰にでもできます。
指導しても治らないなら、変えるべきは子どもではない
何度注意しても改善しないとき、多くの場合、矢印は子どもに向けられます。
しかし現場で見ていると、問題は子どもの意欲や能力ではありません。
問題量が多すぎる
情報が詰め込まれすぎている
問題を見た瞬間に「書く」ことが先行している
この状態では、考える前に手が動いてしまい、
結果として「集中していない」「考えていない」と評価されます。
「考えられない」なら、プリントを変えればいい
必要なのは、叱ることではなく、設計の変更です。
たくさん解かせるプリントではなく、
考えなければ進めないプリントに変える。
例えば、次のような問題です。
問題
He is < あ watching い watches > TV now.
(彼は今、テレビを見ています。)
証拠
日本語の文章を読んだ時に
( )
だから( )の文法だ!
( )は
( )+ 動詞のing形を使う。
このときの大事なポイントは、日本語の空欄は「大体合っていればOK」にすることです。
完璧な言い回しを求めません。
「今〜している」「今やっている感じ」
その程度で十分です。
重要なのは、正確な用語ではなく、考えた痕跡が残っているかどうか。
ここを厳密にすると、子どもはまた「正解探し」に戻ってしまいます。
この指導は、正直に言って面倒です
このやり方は、効率的ではありません。
時間がかかる
進度は遅くなる
一人ひとりを見る必要がある
特に大手塾では、講師が自主的にここまで踏み込むのを待たなければならない場面も多いでしょう。
アルバイト講師が、ここまで責任を持つことは現実的ではありません。
しかし、
負荷の高い教材=良い指導ではありません。
できていないことだけを指摘されても、
保護者は困り、子どもは「自分はダメだ」と思うだけです。
丁寧に向き合うことは、成績以上のものを育てる
考えたことを、自分の言葉で書いてみる。
それを否定されずに受け止めてもらう。
この経験は、成績だけでなく、
学ぶことへの安心感と自己肯定感を育てます。
学力は、心の状態と切り離せません。
「考えなさい」「集中しなさい」と言う前に、
考えられる設計になっているか。
そこにこそ、
本当の指導があるのではないでしょうか。



