“できない”の裏側にある声を、聴ける大人でありたい― BesQ・代表仁田楓翔のコラム ―
よく聞く悩みの正体
「家で勉強を見ていると、どうしてもケンカになってしまうんです」
教育の現場にいると、こうした相談を受けることが少なくありません。
ただ、この問題は決して珍しいものではなく、また親が悪いわけでも、子どもが悪いわけでもないと感じています。
多くの場合、原因は学力や努力不足ではありません。
もっと構造的なところにあります。
問題は「立場の近さ」にある
親は、子どものことを誰よりもよく知っています。
できること、できないこと、過去の失敗や頑張りも含めて。
そのため、「どうしてできないの?」「前にも言ったよね」
といった言葉が、悪気なく出てしまいます。
一方、子どもにとって親は、「一番分かってほしい存在」です。
だからこそ、その言葉は他の誰から言われるよりも強く響きます。
特に反抗期に差しかかると、内容よりも感情が先に動いてしまうこともあります。
「教える役割」と「育てる役割」の衝突
ここで起きているのは、教え方の上手・下手の問題ではありません。
「教える人」と「育てる人」の役割が同時に重なってしまうことが、すれ違いを生んでいます。
教える立場では、
・間違いを指摘する
・修正点を伝える
・正解へ導く
ことが求められます。
一方、育てる立場では、
・失敗も含めて受け止める
・安心できる存在でいる
・感情に寄り添う
ことが大切になります。
この二つを、同じ相手が同時に担うのは、実はとても難しいのです。
第三者が入ると、学習が進む理由
葛西の学習現場で子どもたちと関わる中で、「少し距離のある第三者」が関わるだけで、学習が驚くほどスムーズに進む場面を何度も見てきました。
それは、親の関わり方が間違っていたからではありません。
役割が整理された結果だと感じています。
親は「育てる人」に戻り、教える役割を外に委ねる。
それだけで、子どもは安心して学習に向き合えるようになります。
親子関係を守るための視点
家庭で教えること自体が、悪いわけではありません。
ただ、親子関係を守りながら学習を進めるためには、「誰が、どの役割を担うのか」を意識することが重要です。
教える人と、育てる人は、本来、役割が違うのだと思います。
家で教えると親子がすれ違ってしまうのは、努力不足でも、愛情不足でもありません。
立場が近すぎることによって、役割が重なってしまう。
それが、この問題の正体なのだと思います。



