“できない”の裏側にある声を、聴ける大人でありたい― BesQ・代表仁田楓翔のコラム ―
BesQ代表 仁田 楓翔
「宿題をやれば成績が伸びる」
多くの家庭で、そう信じられてきました。
しかし現代の学習環境では、宿題は“実力の可視化”に向いていない仕組みになっています。
これは教師にとっても保護者にとっても、そして何より子どもにとって大きな問題です。
宿題は「本人の力」を正しく示さない
宿題は一見、努力の証のように見えます。
しかし現実には、次のような影響を受けてしまいます。
・答えを書き写しても提出できる
・家族が手伝ってしまう
・AIが解いてくれる
・電卓やアプリで処理できる
これでは、
「自力でできるのか?」 が判断できません。
誰かが手伝った宿題と、
本人が必死で取り組んだ宿題が、同じ一枚の紙として提出される。
ここにこそ、宿題という制度の“構造的欠陥”があります。
努力した子が報われず、していない子がバレない
宿題は、真面目な子とそうでない子が同じ結果として提出できてしまう仕組みです。
これは子どもにとって非常に残酷です。
本気で頑張った子が損をし、適当に済ませた子が得をすることすらある。
こうした“評価の歪み”が続くと、真面目な子ほど心が折れやすくなります。
「頑張っても意味がない」
という誤った学習観が生まれてしまうのです。
「生徒を信頼していないから宿題を出さないの?」
これはよくいただく質問ですが、答えはNoです。
私はむしろ逆で、子どもの努力の価値を守りたいから宿題を出しません。
宿題は、やり方次第で
AIで作成したもの
答えを丸写ししたもの
親が仕上げたもの
どれも“努力した宿題”として提出できます。
私はこれが、子どもを最も傷つける部分だと思っています。
「頑張ったのに、それが見えない。」
「AIでやった宿題と扱いが変わらない。」
そんな制度に、意味はあるのでしょうか。
葛西の個別塾Besqでは「宿題なし」「テストあり」
ステップアップ塾Besqでは、宿題は出しません。
しかし、その代わりに授業内での理解・反復・確認
そして テスト によって実力を必ず把握します。
塾でのテストは外部の影響がありません。
だからこそ、今どこまで理解しているのか
何が苦手なのか次に何を強化すべきかが正確に見えます。
宿題よりも、ずっと公平で、ずっと子どものためになります。
結論:宿題は“仕組みとしての限界”に達している
宿題が悪いわけではありません。
しかし今の時代 AI、ネット、情報の複雑化——
宿題という制度そのものが、実力把握として機能しなくなっている。
だからこそ私は、宿題をやめました。
子どもの努力を守り、実力を正しく見つけ、
そして“伸びる学び方”をつくるために。
宿題は「常識」ではなく、
アップデートされるべき仕組みなのです。



