なぜ日本の英語教育では「話せるようにならない」のか ―― 暗記ゲームと“空気の文化”が奪う発信力 ――

仁田楓翔

仁田楓翔

テストに最適化された「暗記ゲーム」


日本の英語教育は、長年にわたって試験制度を中心に設計された学習構造の中で進化してきました。

そこでは「知識を再生する力」が重視され、「知識を運用する力」は後回しにされてきたのです。

単語を覚え、文法を暗記し、正しい答えをマークシートに記入する。

この流れを繰り返すうちに、英語は“言語”ではなく“記号”として扱われるようになりました。

つまり、生徒は英語を理解するのではなく、英語の正解パターンを暗記する訓練を受けているのです。

実際、授業の多くは「文法項目を教え」「練習問題を解き」「テストで確認する」という循環で完結しています。

そこに「聞く」「話す」「伝える」といった言語活動が入る余地はほとんどありません。

教育システムが“点を取る力”を測る設計になっている以上、
生徒たちは自然と“試験で使える英語”=“実際には使えない英語”を身につけてしまうのです。

暗記中心のカリキュラムが生み出す副作用


暗記中心の学習では、一時的に「知っている」と感じる満足感が得られます。

しかし、知識は意味づけされないまま蓄積されるため、使う場面で引き出せません。

“覚えたつもり”でも、実際の会話になると口が動かない。

この「再生不能な知識」こそ、日本の英語教育が抱える最大の課題です。

心理学的にも、記憶は「再現される経験」によってのみ定着します。

つまり、“使わない知識”は脳にとって「存在しないもの」として扱われます。

生徒たちが6年間勉強しても英語を話せないのは、努力が足りないからではなく、
使う前提で設計されていない教育システムに原因があるのです。

「話すことが恥ずかしい」という文化的バイアス


日本の英語教育を語る上でもう一つ見逃せないのが、
「英語を話すことに対する社会的な抑制」です。

教室で少し発音を意識して話すだけで、「ネイティブぶっている」と笑われる。

正しい英語を使おうとすると、“浮いている”と感じさせられる。

この「空気の圧力」が、子どもたちから言語を使う勇気を奪っています。

社会心理学の観点では、これは「同調圧力」と呼ばれる集団的行動傾向です。

日本社会は“間違えないこと”を重んじ、“違うことをしない”文化を好みます。

英語を話すこと=特別な行動

英語を間違えること=恥ずかしい行動

という誤った認知が、学習者の自己効力感を著しく低下させているのです。

発信を奨励する文化への転換を


言語は「正しさ」を競うものではなく、「伝わること」を目的としたツールです。

にもかかわらず、私たちは“間違えない英語”を教え続けてきました。

その結果、発信を恐れる完璧主義の学習者を生み出してしまったのです。

今必要なのは、「間違えても伝わればOK」という発想の転換です。

教師は「誤りを減らす存在」ではなく、「挑戦を後押しする存在」であるべきです。

発音や表現を試すことを歓迎する雰囲気を作ることで、
英語は「評価の対象」から「自己表現の手段」へと変わります。

教育改革は“空気”を変えることから


カリキュラムの見直しや試験制度の改善はもちろん必要ですが、
本質的な変化は教室の空気から始まります。

話そうとする生徒を笑わない。挑戦を評価する。

その小さな文化の転換が、学びの質を根本から変えていきます。

「話す力」を伸ばす教育とは、文法を減らすことではありません。

生徒が安心して“使ってみよう”と思える心理的安全性を整えることです。

その環境さえあれば、英語は試験の科目から世界とつながる言語へと姿を変えます。

日本の英語教育が「話せる英語」を実現できないのは、
制度の問題であり、文化の問題でもあります。

知識を詰め込むより、使う場面を増やすこと。

正しさを求めるより、伝えようとする姿勢を育てること。

その意識の転換こそが、次の世代を「英語ができる日本人」ではなく、
英語で世界と対話できる日本人へと導く第一歩になるはずです。

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仁田楓翔
専門家

仁田楓翔(塾講師)

BesQ

自己肯定感を育て、子どもが自ら学び始める仕組みをつくる教育。小さな成功体験を丁寧に積み重ねることで、「できない」から「できた」に変わる瞬間を設計し、やる気に頼らず成績と意欲を同時に伸ばします。

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