シリーズ「正解のない時代にキャリアを創造する」【第1回】このまま今の仕事でいいのかと感じたときに読む話

近年の日本では、「人的資本経営」という考え方が少しずつ広まってきていると感じています。そしてこの考え方は、組織と個人の双方がキャリアを創造していくこと、また組織が個人のキャリア形成を支援することの有用性にもつながるのではないか——これが私の強い問題意識です。
本シリーズではこれまで、キャリアを「個人の視点」と「AI時代の変化」から見てきました。ここからはキャリアコンサルタントの視点から、個人と組織の双方にとってのキャリアのあり方を考えていきます。
人的資本経営とは
「人的資本経営」という言葉を、どこかで目にしたり、耳にしたりしたことはあるでしょうか。日本では経済産業省の政策の一つとして位置づけられており、次のように説明されています。
人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値の向上につなげる経営のあり方です。
人材を「資本として捉える」とありますが、一方で人材は「資源」として捉えられることもあります。英語では「HR(Human Resource)」という用語があり、「経営資源はヒト・モノ・カネ・情報の4つ」といった整理もよく知られています。
人的資源が「Human Resource」であるのに対し、人的資本は「Human Capital」です。それでは「資本」と「資源」は何が違うのでしょうか。その大きな違いは、「投資」という行為を前提としているかどうかにあります。
つまり、企業や経営者が従業員に対して投資を行い、その価値を高めていく——この点に着目しているのが人的資本経営の要諦だと理解できます。
また、経済産業省のホームページ『人的資本経営〜人材の価値を最大限に引き出す〜』では、これまでの検討の経緯も紹介されています。日本において人的資本経営への注目が高まったのは2020年代以降であり、比較的新しい取り組みと捉えることができそうです。
「人的資本」の歴史は250年前
ここまで「人的資本経営」という比較的新しい概念をご紹介してきましたが、「人的資本」や「人的資本理論」自体には長い歴史があるようです。私の専門外なので詳しく解説することができませんが、人的資本は経済学の基本概念の一つであり、起源はイギリスの経済学者アダム・スミスが1776年に著した『国富論』にまで遡るとされています。また、アメリカの経済学者・社会学者であるゲイリー・ベッカーは、人的資本理論に関する研究により1992年にノーベル経済学賞を受賞しています。
このように、長い時間をかけて蓄積されてきた考え方であるからこそ、変化の激しい現代においても多くの示唆を与えてくれるはずです。
人的資源と人的資本の違い
ここで改めて、人的資源と人的資本の違いについて整理します。
一橋大学CFO教育研究センター長であり、「人的資本経営コンソーシアム」の会長を務める伊藤邦雄氏は、次のように述べています。
人材は、使えばなくなる「資源」ではなく、適切な環境を整備・提供することでその価値が伸び縮みする「資本」として捉えるべきである。
つまり、人材を単なる労働力として消費していくのではなく、経営者が投資することで価値を高め、経営に活かしていく存在として捉える考え方です。
さらに伊藤氏は、人的資本経営は「単なる人事の課題ではなく、経営課題そのものである」とも強調しています。だからこそ「人的資本“経営”」と呼ばれているのでしょう。
かつての日本社会に対する反省から学ぶべきこと
もう一つ、伊藤氏の言葉をご紹介します。
かつて日本企業の成長が著しかった時代、競争力の源泉は人を大事にする経営スタイルにあるとされ、世界から注目を集めた。しかし、長期雇用を前提とする日本型雇用システムは、時代や個人の価値観の変化とともに、その負の側面が強調されるようになった。企業は人材をコストと捉え投資を控え、社員も終身雇用に安住して自己研鑽を怠る——こうした積み重ねが、日本企業の成長余力を削いできたことは否定できない。
(引用はいずれも『人的資本経営の現状・課題とトップランナーたちの取組』)” 2024年12月
この言葉は、経営者だけでなく、すべての働く人にとって示唆に富むものです。もし「企業」を「自分自身」に置き換えるならば、自らのキャリアをどのように歩んでいくのかを問い直す視点にもなるのではないでしょうか。同じく企業や組織に属して働く個人が「自分自身」を「企業」に置き換えれば、自らの会社をどのように経営していくのかを問い直す視点にもなるでしょう。
まとめ
本稿では、人的資本経営とは何か、その基本となる「人を資源ではなく資本として捉える」という考え方について整理しました。
次回は、本稿でも触れた伊藤氏の名が冠された「人材版伊藤レポート」についてご紹介します。


