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日本語は意味が似かよってはいるが、厳密な意味で異なる単語が多数ある。例えば、「現実・事実・真実・現象」等のように、現実世界の捉え方によって意味の違いにより言語も変わる。
それはカメラの様に現実を観たまま認識する眼と、そこに主体を差し挟んだ時と、自我を挟んだ時では、真実と事実として異なる。眼がカメラとなり、唯在りのまま見る場合は現象という。そこに主体も自我もない。視覚機能が働いているだけのことである。
主体を挟めば、現象は現実となり享楽の対象となる。自我を挟めば、そこに「私」が居た事実を顕す。という風に言語は主体と自我の在り処によって変わり、視覚世界である三次元世界は変わる。
口癖と決まり文句
言葉の世界に目を転じると、人には多かれ少なかれ「口癖」もしくは「決まり文句」を持っているものである。その理由は、現実に向き合う自我が一定であるためである。臨機応変に対処する自我を持ち合わせていない頑固さ故である。良く言えば一貫性があるとも受け取れるが、又見方を変えれば、語らいが貧弱だともいえる。
いずれにしても口癖が目指す効果は、会話を打ち切るところにある。口惜しくなったら「クソ!」と言えばいい。又は「頭に来た」で終わりである。逆に言えば、口癖がないと会話は終わらない。このタイプは女性に多い。女性の多くは、この口癖や決まり文句がない。故におしゃべりは延延と続き、終わりがない。
では女性に多く見られるこの口癖の少なさはどうしてなのか。それは意味としてのメタ言語の関心がなく、眼の前の動きと感情の動きに鋭感でそれに反応してしまうために、象徴的言語は苦手なのである。特に論理や記号、数字、科学などの理論用語は全く惹かれないのである。すべて感情に彩られて、世界は意味を持つ女性にとって、世界は一言「可愛い」だけである。
心理学視点から説く:自律とわがままの意味
「自律とは」自らの感情、好き嫌い、欲求、欲望の赴くままに自らの自我において決めることが出来る自我のことである。ここに意志は関与しない。飽くまでも四項である。
その視点で「わがままとは」を分析すれば、四項のうちの感情と好き嫌いで対象選択してしまう、知性の関与なき判断をいう。加えて、自我欲求のみで斟酌なしに決めてしまうことを、わがままという。その典型が、幼い子供達である。言語の数が少ないために、対象を見極めたり、人を忖度することは出来ない。故に、自分自身の感覚と感情に頼るしかなく、必然的にわがままの構造となる。これを未成熟という。幼いとは、語彙(ごい)の不足した人をいう。
心理学視点から説く:面倒臭いと億劫の違い

「面倒臭い」はやらなければならない事と対象であることは自覚していても、その全体のプロセスを把握しているが故に、それに費やす時間をエネルギー(作業量)を持ち合わせていないと感じられる無気力感が言わせ、心的エネルギー論による自我の脆弱性が言わせる。
「億劫」はやらなければならない対象と事であると知りつつ、それを「する」という決意と決断力に欠けた自我の言葉である。この自我は「やる」と決めてしまえば、後は時間によって完了し、事無きを得る。意志薄弱による逃避が、この構造である。
⇨ 人間とは何か「精神科学に基づき心の病を癒し人間の謎を解き明かす」
⇨ 事実と真実の違い、「現実」「解釈」「真理」実例でわかりやすく
⇨ マイペースな人の特徴と心理。マイペースと自分勝手、我がまま、気まま、自由の違いとは




