第2章 心の誕生 『6.祈り』
【精神分析は精神科学に基づき心の病を癒し人間の謎を解き明かす】
第5章 言葉を超えて、享楽の果てへ ~ アンコールの先にあるもの ~
『5.矛盾』
人間の心の基:攻撃性とエロス

人間が人間を信じるとは、人間の何を信じるかである。そこに登場するのが、性善説と性悪説である。そもそも人は善を持ち合わせているのか、それとも根本は悪なのか。人類史の中で今日まで論じられて来たが、結局答はない。しかし人間を、無意識を持った精神構造であるとしたフロイトの論によれば、答は明らかである。
人間の心の基になるのは、攻撃性とエロスである。攻撃性には、破壊の心でそれを無機物に還ろうとする死の欲動(タナトス)とし、他と融合しようとする欲動をエロスと言う。どちらが先に生まれたのか。それはタナトスである。
戦略兵器を保有する矛盾
人類が存続しているところを見ると、エロスが優位のように見える。事実、人類は定員オーバーの80億を超えて、地球上にのさばっている現状を見れば、エロスが先に在るかのように見える。しかし、一方では戦争で殺し合っている。人は滅になるほどの殺りくは至っていないが、数の問題ではなく、人類を三十数回滅ぼしても有り余るほどの核を保有している現在、人類はエロス優位の生物とはいえない。
核のボタンを押さないだけで、押して全滅させる戦略兵器は整っている。いつでも人類は消滅できる。真にエロスが人間の根本に宿っているものなら、戦争はしない。殺し合うことはこの地上に存在しない。しかし、現実はそうではない。毎日人が殺し合っている。
なぜ武器を捨てないのか
地上の楽園は何処にあるのだろう。人の心からタナトスが失くならない限り、人類は死神から手を切れず、女神が降臨することはない。エロスの象徴である女神がこの地上に舞い降りるためには、人々が愛し合うことである。一切の兵器と軍隊を反故にして、無用の長物としなければならない。
何故武器を捨てないのか。それは相手が先に武器を捨てないからである。それは一斉に武器を捨てることが出来ないからである。それが出来ないのは、相手を信用していないからである。
人は噓をつき、隠し事が出来ることを知っているお互いには、捨てないかもしれない想像を払い去ることが出来ない。それほど、人は人を信用できないのである。それは、自分も嘘をつくし、相手を欺くことが出来る事を知っているからである。
人間にしかできない唯一の行為

何が人を欺くのか。それは言葉と文字である。言葉は単なる音であり、その物と不可分にこの現実世界で実行される保証がないからである。お金や手形、株券と同じで、唯の紙キレでしかないように、言葉も唯の音でしかない。だから信じる、信用、信頼が必要なのである。
人間にしか出来ない唯一の行為である。目に見えない信頼と信用という言葉と文字に従う人間の心は、それはすでに三次元を超えた、神の領域である。何故なら、それは絶対不変という文字がそれに伴わなければ、信頼は成立しないからである。
人間は言葉を編み出した時点で、神を要請したのである。神をこの世に招き入れながら、人は信じ切れない破壊の神、タナトスに負けて、結局戦いを放棄できずにいる。
取り戻せ!人を慈しむ心を

信じることをどのように学べばいいのか。その為に宗教はつくられた。が、宗教に最も必要な信仰心を、人はお金と武器に変えてしまった。自らが信仰する神と教義の正当性を主張し、確保しなければ、宗教の存続が危ぶまれる構造をつくってしまった。明らかに矛盾撞着に陥った。
宗教の形と信仰する神の差異が、対立と争いをつくってしまった。平和である筈の宗教の理想が、平和を手に入れるために争いを作ってしまった矛盾を犯した。
未だに人類はその誤謬に気付いていない。一向に改めようとしない。
それは、信じる力を失ったからではなく、人の悲しみや痛み、絶望を理解する心を失ったからである。これは、仏教でいうなら、慈悲の心を失ったことを意味する。
取り戻せ、人を慈しむ心を。
5-4『信じる』⇦
➩ セラピストの格言
➩ 精神分析家の徒然草




