諦める技術 ≪提唱/その2≫
錠前のスキル習得
警備会社を退社後、被害の拡大防止を担う警備業から被害を防ぐ錠前業に転職しました。
錠前(鍵)の業界は、古くからの徒弟制度が存在していて、「失敗して克服する」の繰り返しで身につけていく感じです。
鍵屋さんの仕事は、鍵の交換や修理だけではなく、防犯対策のご相談も多くあります。私の場合、警備会社出身という事もあり、多くのお客さまに喜んで頂きました。特に空き巣など被害に遭われたお客さまは、沈み込んで曇った表情を笑顔に変えられたことを誇りに感じ、困難に立ち向かう時の勇気にもなっています。
防犯対策のご相談にはいくつかのケースがあり、被害者、被害の恐れ、不安などです。中には、被害妄想や認知症など疾病を伺わせるお客さまもいます。
孤独と危機管理の因果関係
郊外のある都市で、「最近、物騒なので鍵をひとつ増やしたい」と高齢の男性から補助錠の取付け依頼がありました。この時は、玄関先での作業でしたので、何の違和感も抱きませんでした。
それから2ヶ月ぐらい経った頃でしょうか、同じ男性から「鍵を交換したい」とのご依頼を頂き、取付けたばかりでしたので疑問を抱きながらお伺いしました。この時のご依頼は、既存の鍵交換でしたが、予算が折り合わず「他も見てください」との申し入れで家の中に招かれました。家の中は、所狭しと段ボールが敷き詰められ、異臭を放っていました。男性は鍵のことをそっちのけに、別居する子供夫婦やお孫さんの話しを楽しそうになさっていましたが、交流がないことは明らかです。この時は、話がひと段落したところで帰路に着きました。
そして、三たび2ヶ月後に、同じ男性からのご依頼。「隣の人が勝手に入っている」「ダンボールが盗まれる」「嫌がらせを受けている」など不安に満ちています。私はこの時、「2ヶ月毎のご依頼は年金支給に合わせたもの」「家族はおろか、近隣や友人、民生員さんなどとも交流がない」ことを確信しました。
家族の絆や人との繫がりが重要
私はご依頼を諦めて頂き、市役所の福祉課へ直行して相談しました。福祉課の職員曰く「何度訪問しても不在で心配していたんですよ」とのこと。状況を説明し、保護をお願いしたところ「警察へ通報してください」「警察からの依頼なら私共も動けます」付け加えて「警察へは、私から説明しておきます」と親切な対応です。
警察署へ到着すると「福祉課から連絡が入っています」と形式だけの届け出で終了です。応対した警察官は、呆気にとられている私に「こんな事は殆ど無いのですが、人命にも関わる事なのでありがたいです」「市役所でも真剣に取り組んでいるので、我々もやり甲斐がありますよ」と心情を吐露してくれました。
その後、高齢の男性はその日のうちに保護され、福祉施設に入所したとの連絡を頂きました。この様な事例は稀なことだと思いますが「家族の支えがあれば…」と残念な思いだけが残る出来事でした。
犯罪や災害現場でも同様に、家族との確執に悩む方が多くいらっしゃいます。また、一人暮らしの高齢者にも、孤独から他人の興味を引きたくなり、虚言、妄想へと発展する場合があるそうです。
このように危機管理とは、家族の絆や人の繋がりが欠かせないことを実感させられました。