諦める技術 ≪提唱/その2≫
警備会社勤務で培ったもの
安全産業に携わって30年余り、多くの犯罪現場に立ち合ってきました。大型ショッピングセンターから一般のご家庭まで、様々な状況の中で発生する事件を目の当たりにし、実況見分から調査・原因追究・再被害防止(対策)を行ってきました。また、事件の種類(万引き、空き巣、強盗、傷害、殺人など)を選べなかったのも警察官と違った経験かも知れません。
そして、多くの出会いもありました。心痛めるものから心温まるものまで多くの方々と出会い、その心情をお聞きして新たな発見をする毎日でもありました。そんな中、人生を変えたともいうべき医師との出会いがありました。
家や財産に拘った防犯から人に拘った危機管理に
都内の設計事務所からホームセキュリティの見積もり依頼があり赴いたところ、初老の紳士と私より少し年上ぐらいの上品な女性がお待ちになっており、施主と紹介されました。
建築図面を見ながら質疑応答を繰り返し、一通りプランの説明が終わったころ、初老の紳士から突拍子もない質問が飛び出しました。「神田君、君の会社の警備員が、私の家で盗みを働いたらどうするんだ?」真面目な面持ちで聞かれていることに、さらにビックリ!です。自分の家の鍵を預ける相手に、信用できないと面と向かって質問する方も珍しく、契約は無いと察しましたので「私どもでは、警備賠償保険に加入していますので、そちらで賠償させて頂きます」と開き直りました。すると、初老の紳士は一旦目を伏せ、意を決したように「そうか、では契約するので、契約書を出しなさい」と、これまた突然の申し出で、私は面食らってしまいました。
後日、警備計画と見積書を持参して契約となりましたが、恐る恐る真意をお聞きしてみると…
「他の警備会社では、警備員が盗みを働くことは無いって言うんだよ」「厳しい教育と訓練を受けた、優秀な人材だから安心してくださいって言うんだよなぁ」「神田君、警備員も人間だよな」「たとえ、優秀な人材でも間が挿すことがあるのだよ」「その位の心理を認めない会社は信じられないよ、俺は医者だぞ」と本心を伺うことができました。
つまり、警備会社なら社員が盗みを働くことを前提に危機管理をしなさいとの趣旨で、私の開き直った返事が功を奏したのです。
出会いは多くを学べるチャンス
私は、一瞬のうちに「負けた」と感じました。防犯のプロを自称しておきながら、そこまで追及していなかった事を恥ずかしく思い、お客様に安心を押し付けていたことに気づきました。
お気づきと思いますが、この初老の紳士が私の進路を大きく変えた医師です。実は、療養型病院(俗に言う老人病院)を経営する医師で、病院の現状や患者さんの不安など多くのリスクを知るきっかけになった出会いでした。その後、法律や制度の矛盾、患者さんの病状、ご家族の経済状態、人としての尊厳など多くを学ばせて頂き、同時期に発生した「阪神・淡路大震災」の情報収集と分析に、医師から学んだことが大いに役立ったことも印象に残っています。そして、「防犯と防災と人の老いには、切ってはならない密接な関係が存在する」ということを強く印象付けられる出会いでもありました。