本の出版を記念して~僕が建築を志したワケ その6~
前回からの続き
→その1はこちら
こうしてあっさりと進学先を決めたものの、いざ進学するとなると、どの科に入るのかという問題が残されていました。
私が卒業した水島工業高校には機械科、電気科、工業化学科、電子科、建築科という五つの学科があり、いずれかを選ばなければならなかったのです。
そこで私が思い出したのが「船を買うちゃらないけん」という5年前の決意でした。
同校でいちばん人気があったのは機械科でした。卒業すれば三菱自動車工業株式会社水島工場への採用がほぼ約束されるためです。大手ですから生活は安定します。
しかし、自動車工場で働いていては、おそらく船は買えません。
電子科も同様に、将来は技術職としてメーカーに勤務する学生が大半を占めるルートです。
そして残された建築科は少し毛色が違いました。
唯一管理系の仕事に就ける可能性があるというのです。進学指導の先生の言葉が私を悩ませました。
「まあ、建築科なら親方になれるかもしれんな」
それを聞いた私は頭を抱えました。苦手なものなどほとんどありませんでしたが、高所恐怖症だけはかなり深刻なレベルだったからです。
建築科は建物の建て方を習う学科です。
卒業すれば仕事場は建築の現場であり、どう考えても高所作業は必須です。
とはいえ親方になれば船と食料を買ってカンボジアまで運ぶことができるかもしれません。
というより、それ以外の進路では絶対に無理でしょう。
「待っちょれ、カンボジアの子どもたち!」
というわけで、私は船を買えるかもしれない進路を選びました。
そして、海外の困っている人たちを救いたいという気持ちから、やがて青年海外協力隊に所属することになるのです。
実際には食料の運搬ではなく、建築現場でのボランティア活動でしたが、小学校で抱いた夢を思わぬかたちで実現することができました。