【うまく維持されているみなし墓地例】続・全く大手メディアが報じない墓じまいの実態【岡山田舎版シリーズ】

「棚経(たなぎょう)」とは、各檀家さん宅のお仏壇でお勤めして回る夏の恒例行事です。
訪問医療、家庭教師、配達業…etc、お家の中に入る職業はたくさんありますが、住職ほど同じ人が同じ家庭を何十年と見続ける職業はなかなか無いのではないでしょうか。
その年に葬儀や法事がなければ棚経が唯一の接点となります。
棚経を通して個々の檀家さんの動向はもちろんのこと、社会全般の変化や傾向が見えてくるものです。
さて、題名の表記【5年ぶり】について。
実は私4年前(2022年4月)に大病を患いまして、最も力を要する行事である棚経はしばらく「お休み」とさせていただいていました。
そして身体と相談しつつ(2021年夏以来)今年5年ぶりに復活となったのです。
一年一年でも感じる変化はあるわけですから、5年ぶりとなるとより大きく多く感じ取るものがありました。
そこで今回は「お寺に関係あるもの」から「お寺と全く関係ないもの」まで、私が感じたものをまとめます。
ご興味のある方はご覧ください。
➀檀家さんの反応
➁やはり「葬式仏教が大切だ」と再認識した
③地域コミュニティの崩壊は本当か?
➃「今年は特別暑いな」の正体
⑤健康第一!「坊主丸儲け」の正体
➀檀家さんの反応
多くの檀家さんが「この日を待ってました」という感じで「お元気そうで何より」「久しぶりに声が聞けて嬉しい」「無理せられなよ、もっと休まれ」などの温かいお言葉を掛けてくださいました。
本当にありがたいことです。
ブランクを空けると気持ちもお寺から離れてしまうのでは…とずっと懸念していましたがほとんど杞憂でした。
私としても、この間に何かで顔を合わす機会がなかった方とは5年ぶりの再会でしたのでとても嬉しかったです。
➁やはり「葬式仏教が大切だ」と再認識した
以前「本当に葬式仏教は悪なのか」という文章を投稿しました。
檀家寺における檀家さんが菩提寺に一番求めているのは、行事やイベントよりも檀務(葬儀や法事の供養全般)である。
葬式仏教からの脱却を図るがあまり檀務が疎かになっているケースが散見される。
なので本業として葬式仏教を大切にしつつ、余裕の範囲内で他の活動をすべきだと思う。
といった旨のものです。
棚経に回らなかった間は、
「戸別訪問は初盆のお宅のみ」
「その他の希望者は位牌をお寺に持参しての『合同法要』を開く」
という対応とさせていただいていました(そのお勤めも私の体調が良くない時は得度している妻や知人住職が代打)。
その合同法要は平日と休日各1回開催。
読経とおかんき(仏前勤行法則)、少しお話しも合わせて1時間弱。
数えてはいませんがどの回も50名ほど来られていたと思います。
(が、対檀家数で考えると参加率は1割前後です)
一方、棚経は読経5分+会話5分で1軒の滞在時間は10分程度です。
そして前述の歓迎ぶりでした。
つまり、多くの檀家さんは「お寺に行っての1時間よりも、10分でも我が家に来ることを望んでいる」ということです。
これは今後の寺院活動を考える上で大きな発見でした。
やはり檀家さんがお寺に最も求めているのは「如何に我が家の先祖供養をしてくれるか」であって、その本質を絶対に崩してはいけないと改めて思った次第です。
↓その5分のために綺麗に整えられた線香立ての灰。頭が下がります…。
③地域コミュニティの崩壊は本当か?
朝日寺の檀那地区は岡山県瀬戸内市邑久町庄田、邑久町尻海、邑久町福谷の一部(これを以後『地区内』とする)です。
人数減で小学校が閉じるような過疎地にあります。
その分(主に地元から出た)地区外の檀家さんも多く、瀬戸内市内外広範囲です。
「地域の繋がりが薄くなっている」論をよく見聞きしますが、それだけで片付けるのはあまりに抽象的で雑だと思っています。
また、田舎ほど地域コミュニティが強いというのも疑問符です。
過疎地でも岡山市中心部でも、昔から住んでいる家々で形成される地区のコミュニティは依然強いと感じます。むしろ若者の流出が少ない街中のほうが強固で活気があると思うくらいです。
その点、よそ者が入って来ない且つ至便な市街化調整区域は最強だと見えます。
気になるのはそのコミュニティから情報の孤立している方が増えているのでは、ということです。少し具体的な話をします。
地区内の檀家さんへの棚経の日程のお知らせは、各集落の総代さんが「回覧板」「放送」「紙配布」「その他」の方法で集落の方々に知らせてくれます。
放送は在宅時でないと聞けませんが、横の繋がりで自然と伝わります……と言いたいところですが、情報の孤立している方(要は近所づきあいをほぼしない方)には届きません。孤立の理由は決して村八分などではなく様々です。
こういう方が田舎においても確実に増えています。
いわゆるおせっかいおじさん・おばさんがかつては居られましたが、その方々も高齢化。付き合いを好まない人にはこちらからもわざわざ踏み込まない、現代的な風潮になっています。
「何日何時からどこのお宅から順番にお参りします」のような紙を各家に配布する方法なら確実では?と思われるかもしれませんが、これも100%行き渡るとはいかなくなっています。
同じ文言でも間違った解釈をする人も居ます。
これが例えばご近所さんとのちょっとした立ち話があれば正しい情報を共有できるのですが、それが無い方には伝わりません。
繋がる人は今も繋がっている、でもその繋がりを持たない人が増えている。
一種の分断のような傾向を近年感じていましたが、5年ぶりに見てますます進んだ印象です。
➃「今年は特別暑いな」の正体
さて少し話題を変えます。
棚経にお参りすると方々で「今年は特別暑いな」という声を毎年多く聞きます。
「今年“も”暑いな」でなく「今年“は特別”暑いな」です。
いつも不思議に思っていました。
と言うのも確かに気候は温暖化していますが、毎年一年で急激に変わるわけではないはずです。なのでこの言葉を多くの方が口にする心理が不思議だったのです。そこでいろいろ調べてみました。
心理学では人は一年の平均ではなく、一番印象に残った出来事で一年を記憶する傾向があるそうです。また近年は春から真夏への気温上昇も急になり、高齢になるほど暑さに耐える体力も少しずつ変化します。こうした様々な要因が重なって、『今年は特別暑い』という実感につながるのかもしれません。
⑤健康第一!「坊主丸儲け」の正体
さてまた話題変わって「坊主丸儲け」という言葉について。
儲かるとか税金払わないなどと揶揄されがちですが、正しくは「原価がほとんど掛からないように見える職業の例え」です。坊主以外なら落語家、弁護士、歌手、カウンセラー、などでしょうか。
どれも共通するのは「身体が資本」ということです。
つまり『坊主丸儲け』と言われる仕事ほど、実は身体そのものが商品なのです。
お客様に満足していただけるサービスを提供するには、日々の訓練、新しいことの習得、経験値、などが必要ですが、無理をするとこの度の私のような高い代償を払うことになります。
やっぱり健康が第一ですね。
「今日が一番若い」とはよくできた言葉だと思います。
どうしても目先の結果を追い求める風潮の今日。
急がば回れで、時には休む勇気も必要だと学びました。
棚経は私にとって人と社会を見つめ直す時間でもあります。
来年も元気に皆様のお宅へ伺えるよう、身体を大切にしながら歩んでいきたいと思います。
一日一日を大切して参りましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。


