厄月?
4月の半ばにこの世に生を受けました。そろそろ誕生日を迎えます。
通販で買った販社からは、誕生日のお祝いにプレゼントするからとメールや郵便が届きます。
日頃は滅多に購入しないサプリメント(6000円相当)が無料!
早速ハガキのアンケートを書いて投函。気が付いたら飲んでますが、どのような効果があるのかはわかりません。
現在、竹田市荻町木下という僻地と言ってもいいくらいの山の中を住処としております。
家自体は父が定年退職をして建て替えました。出生した家は粗末な隙間だらけの家でした。
一級建築士の資格を持つ次男の弟が設計をして親戚の建設会社が建てた家です。もう30以上経過しました。
私はこの地でこの世に生まれ出ました。
産婆さんをここに迎えて母の胎内から産まれ出て竈で沸かした産湯に浸かったのです。
祖父母にとっては長男の初孫の内孫。特に祖母には可愛がって貰ったのです。
どれくらいの世話になったのかは語り尽くせません。
農家の長男だった父は、明治生まれの頑固な祖父と不仲でした。
父の下には妹が4人おりました。農業に学問は要らん。
高校進学を許して貰えず、中卒で終わりました。この事を父は恨みに思って居たのでしょう。
不仲の喧嘩の風景を幾つも記憶してます。
当時の国鉄の作業員を経て暫くは煙草生産、稲作、家畜の飼育等をやっておりましたが
見切りをつけて出稼ぎに出ました。
広島のマツダの工場から、新日鉄構内での山九運輸機構(当時の名称)を変わりました。
中卒だった父は定年退職の近くまで三交代の職種でした。大変だったと思います。
三交代をしながら、私と弟二人を高校まで出してくれました。
本当に心から感謝をしています。
本当に心から。
私は紆余曲折を経て今はこの地で生活をしながら、生業としてノートパソコン数台を操っています。
この家の縁側の作業場所から数メータ以内の場所で、私はこの世に生を受けて
そして今、ここにこうしている事。
思えば、奇跡の連続だったと思うのです。
人生は奇跡のなれの果て
また一つ年を重ねてしまいます。終点に向かって確実に動いております。
可能ならば、私はこの地で命を落としたい。
どこかわからない病院のベッドの上とか、まぴっらです。
ここ地で終わりたい


