塾長の考え(塾)その6
「本当にこの子を合格させることができるのか」
いつも個別相談や面談のときに自問自答する。
お父さんが話している姿を見て再び考える。
責任をもって指導できるのか、と。
ここでチラリとお父さんの方を見たら、
頬を一筋の涙が伝わっていた。
…泣いている。
これは亡き母親への慕情が募ってきて、
そうなっている面もあるのだろうが、
思いはこちらにも強烈に伝わってきた。
このとき娘もやはり…泣いていた。
大粒の涙がこぼれ落ちる、いくつも…。
「先生、この子を何とか、何とか…」
「はい…」
「合格させてもらえませんか…、何とか…」
涙がドンドンこぼれ落ちる。
必死で言葉を…重ねていく。
「お願いします、何とか…うぅっ…うぅっ」
お父さんが下を向いてハンカチで涙を拭いた。
お父さんがそんな状態なので、
娘もとうとう隣で号泣し始めた。
冷静に聞いて冷静に判断したかったのだが、
私の方ももらい泣きし始めてしまった。
今日初めて会った人の前で真剣に泣ける。
このような経験を私はしたことがない。
したがってこのお父さんの気持ちが、
どんな気持ちで言葉を絞り出しているのか、
冷静には判断できなかったが、
ここまで真剣に頼まれたことは、
もしかしたら…、
今までにもなかったかもしれない。
いや…、あったかもしれない。
それにしても、
どうしてここまで私を信じることが、
できるのだろうか?
初対面でここまで真剣になれるのはなぜか?
ひょっとして予備校開始時のエピソードを、
北斗塾のWEBサイトで読んだために、
私のことを無条件に信じ切っているのか?
それともそれ以外に何か別の確信があるのか?
ここでお父さんが突然娘に言った。
「お前はちょっとここで席を外しなさい」
「え?」
「外しなさい!」
「え、何で…、はい…」
泣いていた娘は席を外せと言われて、
しかたなく応接室から出て行った。
お父さんと2人きりになった。
「実はまだお話ししていないことがあります…」
「え、まだ…ありましたか」
「はい、ございます…」
「それは…何でしょうか?」
「実は…」
「はい…」
「実は私事なのですが…」
「はい…」
「もう…長くは…ないのです」
「はいぃ?」
「娘を今回宮崎に預けてしまえば…」
「…」
「予備校生として1年間…」
「…」
「運よく宮崎大学に合格して…」
「…」
「医学部生としてさらに6年間…」
「…」
「計7年間…」
「あの…先ほど何とおっしゃ…」
「とても私の命は持たないでしょう」
「えぇっ!」
「そんなには生きられないのです、現状」
「ちょ、ちょっ…!」
「生意気なところがありますが…」
「…」
「私にとっては本当にかわいい娘なんです…」
「…」
「娘をそばに置いて暮らせるなどという…」
「…」
「ぜいたくはもういっさい望みません…」
「…」
「だから先生、娘を!」
「…」
「よろしくお願いします!」
ここで再度深々と頭を下げられた。
深々と。
(続く)