塾長の考え(期末テスト)⑬
「本当にこの子を合格させることができるのか」
いつも個別相談や面談のときに自問自答する。
お父さんが話している姿を見て再び考える。
責任をもって指導できるのか、と。
ここでチラリとお父さんの方を見たら、
頬を一筋の涙が伝わっていた。
…泣いている。
これは亡き母親への慕情が募ってきて、
そうなっている面もあるのだろうが、
思いはこちらにも強烈に伝わってきた。
このとき娘もやはり…泣いていた。
大粒の涙がこぼれ落ちる、いくつも…。
「先生、この子を何とか、何とか…」
「はい…」
「合格させてもらえませんか…、何とか…」
涙がドンドンこぼれ落ちる。
必死で言葉を…重ねていく。
「お願いします、何とか…うぅっ…うぅっ」
お父さんが下を向いてハンカチで涙を拭いた。
お父さんがそんな状態なので、
娘もとうとう隣で号泣し始めた。
冷静に聞いて冷静に判断したかったのだが、
私の方ももらい泣きし始めてしまった。
今日初めて会った人の前で真剣に泣ける。
このような経験を私はしたことがない。
したがってこのお父さんの気持ちが、
どんな気持ちで言葉を絞り出しているのか、
冷静には判断できなかったが、
ここまで真剣に頼まれたことは、
もしかしたら…、
今までにもなかったかもしれない。
いや…、あったかもしれない。
それにしても、
どうしてここまで私を信じることが、
できるのだろうか?
初対面でここまで真剣になれるのはなぜか?
ひょっとして予備校開始時のエピソードを、
北斗塾のWEBサイトで読んだために、
私のことを無条件に信じ切っているのか?
それともそれ以外に何か別の確信があるのか?
ここでお父さんが突然娘に言った。
「お前はちょっとここで席を外しなさい」
「え?」
「外しなさい!」
「え、何で…、はい…」
泣いていた娘は席を外せと言われて、
しかたなく応接室から出て行った。
お父さんと2人きりになった。
「実はまだお話ししていないことがあります…」
「え、まだ…ありましたか」
「はい、ございます…」
「それは…何でしょうか?」
「実は…」
「はい…」
「実は私事なのですが…」
「はい…」
「もう…長くは…ないのです」
「はいぃ?」
「娘を今回宮崎に預けてしまえば…」
「…」
「予備校生として1年間…」
「…」
「運よく宮崎大学に合格して…」
「…」
「医学部生としてさらに6年間…」
「…」
「計7年間…」
「あの…先ほど何とおっしゃ…」
「とても私の命は持たないでしょう」
「えぇっ!」
「そんなには生きられないのです、現状」
「ちょ、ちょっ…!」
「生意気なところがありますが…」
「…」
「私にとっては本当にかわいい娘なんです…」
「…」
「娘をそばに置いて暮らせるなどという…」
「…」
「ぜいたくはもういっさい望みません…」
「…」
「だから先生、娘を!」
「…」
「よろしくお願いします!」
ここで再度深々と頭を下げられた。
深々と。
(続く)