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菊地茂

人との関わりを大切にする法律のプロ

菊地茂(きくちしげる)

シャローム行政書士事務所

コラム

仙台の行政書士より181202心のメッセージ

2018年12月2日

 本日は、仙台純福音教会の主日礼拝に出席いたします。

 今日は、佐藤優著 人生の役に立つ聖書の名言(講談社)から一節を紹介いたします。

 〈ふたりの主人〉

 だれも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない。
 「マタイによる福音書」6章24節

 キリスト教は、一般に富とされるものに対する警戒感が強い。富は、権力に代替可能で、人間は権力を持つと神に反抗しようとする傾向があるからだ。富は、カネ、商品など目に見えるものと、名誉、権威など目に見えないものがある。どのような小さな人間でも、富は持っている。従って、富とどのように付き合うかは、人間にとって死活的に重要なのである。
 前項でもふれたように、大多数の人々は、富を地上に蓄える。財産を殖やし、名声を地上で得ようとする。イエスは、このような態度を取る背景に、人間が自力で救済されると考える「事故義認」の罠が潜んでいると考える。原罪を負った人間が、自力で救済されることは、絶対にない。富を地上に蓄えるという発想には、人間が救済からこぼれてしまう大きなリスクがある。この危険から逃れるために、キリスト教徒は意図的に富を天に蓄えることが要請される。平たい言葉を用いるならば、陰徳を積むということだ。神がこのような陰徳を見過ごすことは、絶対にない。

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