ESGやSDGsに象徴されるように、環境や社会など経済性以外に目を向ける風潮が高まっている。米国では、短期経営を志向する「株主資本主義」から社会や様々な利害関係者との関係性を重視する「ステークホルダー資本主義」へと変化しつつある。
そうした中で米国と同様、わが国においても、人的資本や人的資本経営に大きな関心が集まっている。人的資本経営は財務資本と異なり価値換算が難しく、その可視化に向けた対策として人的資本経営が登場した。人的資本経営は、人材を企業成長の源泉として捉え、積極的な投資によって企業の成長を目指す点に特徴がある。
私の専門領域である人的資源管理(HRM)、いわゆる人材マネジメントにおいては、1980年代以降、戦略と人的資源管理を統合し、人材を競争優位の源泉を生み出す人的資産(human assets)と捉える戦略的人的資源管理(Strategic Human Resource Management)が誕生し、人的資本重視の経営が流布しつつある。
こうした人的資本経営を単に女性管理職比率などの情報を開示する形だけの経営に終わらせず、実効性のある企業成長の礎としていくためには、2つのポイントがある。1つ目は、人的資源管理と会社の経営戦略の統合を図るとともに、人事部を戦略人事部へと変革していくことである。人的資本経営は目的でなく、あくまでも企業戦略を達成するための手段であることを強く認識することが重要で、そのためには目指すべき経営ゴールである経営戦略と効果的に連動させることが極めて肝要である。
つまり、経営戦略と人的資本との間にどのような関連性があるのか、戦略を達成するためにはどのような人材育成・活用が必要なのかを明確にしなければならない。さらに、人事部も最高人事責任者(CHRO)を設置し、企業経営に深く関わっていく戦略人事部へと変身する必要ある。
ポイントの2つ目は、実践に向けた展開ステップが必要ということである。人的資本経営の展開には3つのステップが必要である。ステップ1は、「現状分析と全体ストーリーの構築」である。まず、経営戦略達成に求められる人材像を明確にし、従業員の現状のスキルや能力を棚卸し、どういう風に人的資本経営とつなげていくかというグランドMAP(全体図)を大まかに描くことである。加えて、どの程度まで情報開示するのかルールづくりを検討する必要もある。
ステップ2は、「開示すべき項目の整理」である。開示要件のガイドラインを作り、それに照らし管理すべき項目や指標を細かく作り上げていく。その際に、重要なことは単に開示すべき項目を羅列するのではなく、自社の独自性と他社との比較可能性を明らかにするために、項目を大くくりにした中分類を設け、体系していくことである。
ステップ3は、「人的資本経営に向けた基盤づくり」である。人的資本経営の実践には、人事や評価、育成などの制度・組織設計のほか、従業員の能力や技能を棚卸し、最適な仕事や部署に配置する「スキルズインベントリーシステム」やそれらをデータベース化する人事情報システムなどのHRテクノロジーの導入・整備も必要不可欠となる。
人的資本経営のポイント
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谷内篤博(大学名誉教授)
上場企業の人事部や大手シンクタンクで人材育成や人事制度設計に従事。人的資源管理・組織行動論を専門に大学教員として30年間研究を重ねました。理論と実践を融合させて、人と組織の活性化をサポートします。
谷内篤博プロは北陸放送が厳正なる審査をした登録専門家です
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