独身の高齢者が亡くなると、誰が遺産を相続するのか?
前回は、子供のいない「独身の」高齢者が遺言をせずに亡くなると、相続人は兄弟姉妹やその代襲相続人になる可能性が高いため、相続人の人数が多くなりやすく、不動産の名義変更や預貯金の解約を行う上で支障が出やすいという話をしました。
それでは、子供のいない夫婦で、その一方が亡くなった場合の遺産相続ではどうなるでしょうか? 私が市民の方から相続や遺言に関する相談を受けていると、よく「私たち夫婦には子供がいないので、遺言をする必要はないです」という回答をされる方に出会います。どうやら、自分が亡くなったら、遺された配偶者に「自動的に」全財産が相続されると誤解されているようなのです。しかし、現実はむしろ正反対で、子供のいない夫婦こそ遺言をしておかないと、残された配偶者は遺産相続で大変な苦労をすることになります。
なぜならば、子供のいない夫婦で、例えば夫が遺言をせずに亡くなった場合には、相続人は配偶者である妻と夫の父母や祖父母(直系尊属)、もしくは、妻と夫の兄弟姉妹(先に亡くなっている場合には甥や姪)となるからです。
まず、相続人が妻と夫の父母の場合で考えてみます。この場合には、民法の法定相続分は妻が3分の2、夫の父母が健在である場合には残りの3分の1を2人で分け合うので各6分の1となります。しかし、実際に遺産分割協議をするとなると、一般的には仲がよくない代名詞とされている「嫁と姑」との間で話し合いをすることになります。また、仮に妻と夫の父母との人間関係が悪くない場合でも、夫の父母同士の仲が悪くて熟年離婚をしているような場合は、父母の双方を遺産分割協議に参加させることは、妻にとってはかなり頭が痛い問題となります。さらに、夫の父母の片方もしくは双方が認知症になっているような場合には、遺産分割協議にあたり家庭裁判所で成年後見人の選任手続をしなければならないことになります。
次に、相続人が妻と夫の兄弟姉妹(先に亡くなっている場合には甥や姪)の場合で考えてみます。この場合には、民法の法定相続分は妻が4分の3、夫の兄弟姉妹が健在である場合は4分の1をその人数で分け合うことになります。しかし、この場合でも、残された妻は夫の兄弟姉妹全員と遺産分割協議をしなければなりません。ここでも人間関係の問題がありますが、それ以前に、前回説明したとおり、夫の兄弟姉妹の人数が多い場合は、その住所を確認して連絡を取るだけでも相当苦労する可能性があります。特に、夫の兄弟姉妹がすでに亡くなっていてその子(夫の甥姪)が代襲相続人となっている場合には、さらに相続人の人数が増えることになります。
ところで、女性の平均寿命は統計上男性よりも長く、かつ、現在の高齢者の世代では夫の方が妻よりも2~3歳ほど年上であることが多いため、一般的な夫婦では、夫の方が妻よりも先に亡くなる可能性が高いと言えます。そして、特に問題となるのは、子供のいない高齢者夫婦で、自宅や預貯金などの財産のほとんどが夫名義になっている場合です。この場合、夫が亡くなると、残された妻は、夫の兄弟姉妹や甥姪と遺産分割協議をしないと、自宅を自分の名義にすることができません。また、夫が死亡した事実が金融機関に伝わると夫名義の預貯金が凍結されます。これを解約したり、妻名義に変更したりするにも、同じく夫の兄弟姉妹や甥姪の協力を得て、所定の書類に署名押印をもらう必要があります。ここで全員の協力を得られなかったり、人数が多いために手続きに時間がかかったりすると、その間に残された妻は生活費を引き下ろすこともままならず、干上がってしまう危険性があります。
こうしたことを防ぐためには、夫が妻のために「私が死んだら、私の全財産を妻に相続させる」という遺言をしておく必要があります。もちろん、妻の方が夫よりも先に亡くなる可能性もありますので、同様の遺言を妻の側でも用意しておく方が望ましいでしょう。そして、有効な遺言であれば、兄弟姉妹には遺留分はありませんので、残された配偶者は、被相続人の兄弟姉妹や甥姪らと遺産分割協議をしなくても、被相続人の全ての財産を相続できます。また、自宅の名義変更に際しても、自分の印鑑だけで手続きをすることができます。
なお、預貯金については、遺言を公正証書で作成の上、遺言執行者を定めておき、さらに遺言執行者には貸金庫の開披や口座の解約をする権限があることを明記しておくと、手続きが比較的スムーズに行えます。ただし、金融機関によっては、それでも「相続人全員の印鑑がないと口座の解約には応じられない」という対応をするところもあるようです。そのため、相続発生時の金融機関の対応を事前に確認しておき、場合によっては遺言による口座の解約に応じてくれるところに預貯金を移し替えておくことも、検討すべきかもしれません。