子のいない夫婦で夫が亡くなると、遺産相続で妻が苦労する?
今回からは、「遺産分割協議の不能編」に入ります。具体的には、ある方が亡くなって遺産相続が開始したのですが、相続人同士で特に遺産の分配を巡って争っているわけではないのに、さまざまな理由によって遺産相続の手続きが進まないという事例を、いくつかご紹介いたします。
さて、ある大正生れのおじいさんが、88歳で亡くなりました。このおじいさんは生涯独身で、子供もいませんでした。父母や祖父母は先に亡くなっていましたので、相続人は兄弟姉妹(およびその代襲相続人である甥や姪)となります。そして、このおじいさんは六男三女の九人兄弟の六男でしたが、長男、二男、長女、三男、四男、二女、五男は、すでに亡くなっていました。亡くなった兄弟姉妹のうち6人には、それぞれ子供がいました。具体的には以下の通りで、相続人は計17人いました。
・兄(長男:既に死亡)の子(代襲相続人) 3人
・兄(二男:既に死亡)の子(代襲相続人) 2人
・姉(長女:既に死亡)の子(代襲相続人) 4人
・兄(三男:既に死亡)の子(代襲相続人) 2人
・兄(四男:既に死亡)の子(代襲相続人) 2人
・姉(二女:既に死亡)の子(代襲相続人) 3人
・姉(三女:生存中)
※なお、弟のうちの一人(五男)は幼少期に死亡のため子はいません。
おじいさんの遺産は自宅の土地建物と預貯金でしたが、おじいさんは遺言を作成していませんでしたので、これらの遺産を誰が相続するかについて相続人全員で遺産分割協議をする必要があります。しかし、相続人が17人もいると、まず全員と連絡をとるだけでも大変です。この相続手続を中心となって行ったのはおじいさんの姉(三女)でしたが、自身も高齢でありなかなか体が動かず、すべての甥や姪らの顔と名前を覚えている訳でも連絡先を把握している訳でもなく、思うように手続をすすめることができませんでした。
このように、独身で子供のいない高齢者が亡くなると、その直系尊属はすでに亡くなっていることが多いため、相続人は兄弟姉妹となりますが、被相続人が兄弟姉妹のうちの年下の方である場合には、兄や姉も先に亡くなっている可能性が高いため、相続人はこれらの人の子(代襲相続人)である甥や姪になります。特に、戦後の第一次ベビーブームの世代の方が今後亡くなっていくと、兄弟姉妹の人数も多いことから、相続人の人数が多くなり、遺産相続の手続上問題となります。さらに、相続人の人数が多いと言うことは、その中に連絡先が不明であったり、海外で働いていたり、病気で入院している人が含まれている確率が高まります。
また、法定相続分を主張して譲らない相続人が出てくる可能性もあります。一般に、相続人の人数が多い場合、各人の法定相続分はわずかになりますが、たとえ法定相続分がわずかであっても、遺産分割協議は相続人全員で行う必要があります。なお、判例では預貯金債権は「可分債権」といって、各相続人が遺産分割協議を経なくても法定相続分を相続できるものとされてはいますが、金融実務では相続人全員の署名押印が揃った遺産分割協議書か金融機関所定の書面を提出しないと、預貯金の名義変更や解約ができないことになっています。ちなみに、配偶者も子供もいない高齢者は一人暮らしであることも多いため、その人の財産状態を把握している人間は亡くなった本人以外にはいないということも多いものと思われます。そうなりますと、そもそも、どこの金融機関にどれだけの預貯金があるのかを調査するところから始めなければなりません。
一方、不動産の場合には、遺産分割協議を経て特定の相続人が相続する方法以外に、法定相続分に応じて相続人全員の共有名義にするという方法もあります。この場合には、相続人のうち一人が申請することでも登記は可能ですが、そうなると、今後の不動産の維持管理や固定資産税の支払いをどのように負担するかの問題や、空き家となった被相続人の自宅を売却する際に、結局相続人全員の同意と売買契約書等への署名押印が必要となるという問題があります。
こうしたことを防ぐためには、財産を遺す側による遺言の作成などの生前対策が必要となります。しかし、配偶者も子供もいない高齢者の方で、特定の甥や姪などに生活の面倒をみてもらっている場合はともかく、そのような人が誰もおらず、財産を遺したい人もいないと言う場合には、遺言をする動機付けに乏しくなりやすいため、難しいところではあります。