腰椎椎間板ヘルニアの手術が成功しても痛みが残る理由 ― その背景と鍼灸でできるサポート

中田和宏

中田和宏

テーマ:健康とはり



腰椎椎間板ヘルニア手術――その実情と、術後ケアにおける鍼灸の可能性


はじめに


以前に公益社団法人石川県鍼灸マッサージ師会の学術研修会で地域の整形外科医に講義をしてもらったことがありました。
手術の進歩のすごさに驚いたことに加え、手術がうまくいっているのにも関わらず、痛みを訴え続ける患者さんがいることに疑問を持っていたので、その講義の内容とともに調べてみることにしました。
腰椎椎間板ヘルニア(以下「ヘルニア」と略す)は、背骨と背骨の間にある椎間板の構造異常によって、髄核(椎間板の中央部のゼリー状の組織)が線維輪を破って飛び出し、神経根や脊髄の通り道を圧迫することで、腰痛や下肢のしびれ・痛み、麻痺などをきたす疾患です。多くは保存療法で改善することが多いものの、保存療法で改善しない場合や神経症状が強い場合には外科的手術が選択されます。
このコラムでは、まずヘルニア手術の「疫学」、近年の「手術方法の進歩」、そして「手術後の鍼灸治療」に関する報告を交えながら考えてみたいと思います。

ヘルニア手術の昔と今:年齢層と高齢者の増加



まず、ヘルニア手術を受ける患者の年齢分布や傾向について見てみましょう。

ある大規模な多施設共同研究(50施設、811例を対象)では、最初の手術を受けた患者の平均年齢は 46.3歳、範囲は 12〜87歳 でした。最高頻度は「30歳代」でしたが、60歳以上の高齢者の割合が 全体の25.6% を占めていた点が注目されました。

若年者だけの病気、というイメージはもはや古く、現在では 高齢になっても活動的な生活を送る人が増えたこと、そして 低侵襲の手術法の普及 によって、高齢者での手術例が増加していると報告されています。

ただし、高齢者では変性変化や加齢性の脊柱変化(いわゆる「退行性変化」)も関与しやすく、単純な若年者のヘルニアとは臨床像が異なり、しばしば 合併する脊柱管狭窄や狭窄との併存がみられることもあります。

以上のように、ヘルニアは若い世代に多かった過去のイメージだけでは語れず、現在は中年〜高齢を含む幅広い年齢層で手術が行われているのが実情です。これは、日本の高齢化社会やライフスタイルの変化、そして医療技術の進歩を反映しています。

進化する手術法 -低侵襲手技への移行



従来、ヘルニアの手術は「切開して筋肉や骨を剥離し、ヘルニアを摘出する」比較的大きな手術でした。しかし近年、「より体に負担が少なく」「早期回復を目指す」低侵襲手術(MIS:Minimally Invasive Surgery)が急速に広まっています。代表的な手法とその特徴を以下に紹介します。

主な低侵襲手術の種類



Microendoscopic Discectomy (MED)
いわゆる「内視鏡下椎間板摘出術」。背中を約2 cm程切開し、筒状のレトラクター+内視鏡を使って突出した椎間板を摘出します。筋肉の剥離が少なく、術後の痛みや負担が小さいのが特徴です。多くの病院で採用されており、一般的な手術法とされています。

Full‑Endoscopic Spine Surgery (FESS) / Full‑Endoscopic Discectomy (FED)
より進んだ内視鏡技術を使った手技で、外筒径が約8 mmと非常に小さく、切開創も1 cm弱というミニマルな手術法です。筋肉や骨へのダメージが最小限に抑えられ、術後の回復が早く、入院期間が短くて済むのが大きな利点です。最近ではこの手法を第一選択とする施設も増えています。
「最小侵襲かつ安全性の高い手術法」として、FED を第一選択とすることが推奨されるケースが増えています。

その他の経皮的手法


例えば Percutaneous Endoscopic Lumbar Discectomy (PELD)/PED法 などもあり、状況に応じてさまざまなアプローチが選ばれます。

こうした技術の進歩により、「年齢が高くても活動的な人」や「仕事や子育てなどで早く社会復帰したい人」にとって、手術のハードルが下がってきているのは大きな変化です。

とはいえ、手術後に「痛み・しびれが残る」「関連痛が生じる」現



とはいえ、手術が「神経根の圧迫を取り除く」ことを目的としていても、実際には術後に次のような理由で痛みやしびれ、筋肉のコリや関連痛が残ることがあります。

ヘルニアは取り除いたが、筋肉や軟部組織・骨格バランスの変化がある

手術前後の姿勢や体の使い方、日常の負荷の継続によって、腰部や臀部の筋肉の緊張やコリが新たに生じる

以前の痛みの記憶や心理的なストレス、恐怖心などが、身体の違和感や慢性化した痛みを助長する

こうしたことから、「手術は成功したのに、痛みがなくならない」「むしろ手術後悪くなったように感じる」という訴えがあるのも、臨床現場では珍しくありません。

保存療法や手術だけでなく、術後のリハビリや体の調整を含めたケアが不可欠、というのは、多くの施術者が感じているところです。

手術後の鍼灸-エビデンスと留意点



では、術後の痛みや関連痛、筋肉のこりに対して、鍼灸は有効なのでしょうか。最近の研究から見えてきたことを紹介します。

鍼灸が術後疼痛に有効な可能性 ― メタ解析の報告

2022年に発表されたメタアナリシス論文(国際誌)では、Lumbar Disc Herniation (LDH) の手術後疼痛に対して鍼治療を行った群は、視覚アナログスケール(VAS:痛みの強さを測る)で統計的に有意に改善し、かつ、機能評価(Japanese Orthopaedic Association (JOA) score)も改善したと報告されています。薬物療法と比較した場合、鍼は副作用も少ないというメリットもあるとしています。

ただし、このメタ解析で使用された研究の多くは中国国内のもので、「ランダム化比較試験 (RCT)」であっても、割り付けの方法や盲検化、対照群の設定などに限界があるものが多く、品質としては「中程度 (moderate)」と評価されています。著者ら自身も、「さらなる大規模かつ質の高い研究が必要」と結論づけています。

鍼灸+リハビリ/漢方くん洗などを併用した研究

中国で報告された研究では、術後の腰椎機能回復と疼痛軽減を目的として、リハビリに加えて鍼と漢方薬の「燻洗 (くんせん)」を併用した群と、対照群(リハビリのみ)を比較しています。この研究では、4週間後に機能評価 (ODI:障害指数)、痛み(VAS)ともに併用群が対照群より改善が大きく、統計的に有意だったと報告されています。

また、別の研究でも、鍼灸を加えることで術後の関節可動域 (腰部関節の前屈・後伸) や痛み (VAS)、機能 (JOA) が改善したという報告があります。

限界と注意点



一方で、以下のような課題もあります。

鍼灸を含む介入内容(どの経穴を用いたか、頻度、併用療法の内容など)が研究ごとにバラバラで、再現性・標準化に乏しい。特に、どの経穴を使ったか、針の深さや刺激方法が明確でない研究が多いです。

研究の多くが中国国内で、日本や欧米の医療事情とは異なる可能性がある。民族性、医療体制、リハビリの内容などが結果に影響する可能性があります。

ランダム化試験はあっても、盲検化 (患者や評価者がどの治療を受けたか分からないようにする) やプラセボ鍼などを用いた対照は少なく、バイアスの可能性があります。

また、鍼灸はあくまで「術後の回復・補助治療」であり、ヘルニアそのものの構造異常を直接「戻す」わけではないことを理解する必要があります。

このように、鍼灸には術後疼痛軽減や機能改善の可能性を示す報告があるものの、現時点では “補助療法” と位置づけ、過度な期待をせず慎重に扱うことが大切です。

なぜ「手術しても痛みが続く/戻る人」がいるのか-手術目的と身体バランスの見直


私自身が臨床で見聞きする多くの術後の訴え-「手術は成功だったはずなのに、痛みがなくならない」「前と同じような痛みが再び出る」「腰やお尻、臀部の筋肉が張って痛い/重だるい」-には、構造だけでなく 身体の使い方・バランスの変化 が深く関わっていると思います。

たとえば、ヘルニアによって神経障害や筋肉の異常緊張があれば、手術で除圧したとしても、筋肉の状態や姿勢が元に戻らず、むしろ “関連痛” や“代償”として痛みやしびれが残ることがあります。これは、 脊柱・骨盤・筋肉・神経といった構造を “統合的なシステム” として捉える必要があるためです。

つまり、手術後は「痛みの原因除去=治癒」ではなく、「新たな体のバランスを整える」必要があります。これには、リハビリ、生活動作の見直し、筋力トレーニング、ストレッチ、姿勢改善、そして必要に応じて鍼灸など代替・補完療法を含めた総合的なアプローチが重要になります。

鍼灸は “補助ケア” の選択肢として-実践にあたっての考え方



私の臨床経験でも、手術後に鍼灸を希望される方は少なくありません。特に、「手術は成功している」「MRIやCTでも異常所見はない」「だけど体がつらい」「仕事や家事で体を使うと再び痛みが出る」という方にとって、鍼灸は「筋肉の張りを取り、体のバランスを整える」ための手段になり得ます。

ただし、次のような点を踏まえて慎重に取り組むべきです。
鍼灸は “追加のケア” であり、万能ではない。あくまで補完。


手術後の体の状態(神経の回復具合、筋力、可動域など)や生活習慣、身体の使い方を十分に評価したうえで、無理せず継続できる頻度・強さで行う。

鍼灸を行うなら、整形外科やリハビリと連携できる鍼灸師を選ぶ。

患者自身にも、ストレッチ、姿勢改善、筋力強化などを含む総合的なセルフケアを継続してもらう。

このように、手術後のケアを「構造 → 機能 → 生活」という流れで考え、鍼灸を含む包括的アプローチを行うことで、手術後も安定した日常や仕事復帰につながりやすくなると考えています。

終わりに- 期待と現実、その間をケアする



ヘルニア手術は、かつては重く、入院期間も長く、回復に時間を要するものでした。しかし近年の技術進歩により、若年者はもちろん、高齢者でも比較的安全に、そして早期に社会復帰できるようになりました。内視鏡手術(MED、FED/FESS)はその代表であり、多くの医療機関で一般化しつつあります。

しかし「手術で構造の異常を取り除く」だけでは、必ずしも “痛みやしびれが完全になくなる” わけではありません。特に筋肉や軟部組織、体の使い方、日常の姿勢などが問題になりやすく、術後に新たな不調を抱える人もいます。

そんなとき、鍼灸などの代替/補完療法は、過度な期待をせず、「術後の回復をサポートする一手段」として有効だという報告もあります。ただし、科学的エビデンスはまだ限定的で、治療内容も研究ごとにばらつきがあるため、慎重な対応と、医師・治療者との連携が求められます。

最も大切なのは、「構造(ヘルニア)を治す → 機能(姿勢・筋肉・バランス)を整える → 日常・仕事で無理のない体を作る」という 全体像としてのケア。その中で、手術も、保存療法も、鍼灸も、すべてが役割分担を持つ一要素にすぎません。

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中田和宏
専門家

中田和宏(鍼灸師)

トキの森鍼灸院

初診時のカウンセリングでどんな状態か明確にし、できることを説明します。施術計画を立てて最適な施術を提供します鍼灸治療にたずさわって約40年のベテラン鍼灸師が優しく対応しますお困りならまずご相談を!

中田和宏プロは北陸放送が厳正なる審査をした登録専門家です

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