令和6年能登半島地震
歯肉炎、歯周病、歯周炎、歯槽膿漏、歯ぐきトラブル
最近では歯磨き粉(歯磨きペースト)や歯ブラシのコマーシャルで歯肉炎、歯周病というコトバを聞くようになりました。昔は歯槽膿漏と言ってましたがいつからいわなくなったのでしょうか。歯ぐきがはれたり出血することを指していますが、歯肉炎は歯ぐきに炎症が起こっている状態です。歯周病は歯肉炎と歯周炎の総称で、昔は歯槽膿漏と呼んでいました。歯周炎は歯を支えている歯槽骨が炎症を起こしダメージを受けた状態です。歯と歯茎のトラブルは高齢になればなるほど増えてきます。
年齢と歯肉炎
歯と歯茎の間のミゾ。それを歯肉溝と言います。このミゾに歯垢がたまり細菌が繁殖して炎症を起こします。この歯周溝のことを歯周ポケットと言って、45歳以上では半数以上の方にあり、全年齢の約4割の人に歯肉出血があります。高齢になればなるほど歯周病が増えます。
歯周病が増えている原因には糖尿病や肥満などの生活習慣病の増加といわれています。これほど歯磨きや口腔ケアがあたりまえになっているのに、増えているのが不思議でなりません。
歯と歯科医の歴史
日本人がそれほど長生きではなかった頃、お口の中のトラブルといえば虫歯でした。齲歯(うし)と言います。歯科は大化の改新の時の医疾令で「耳目口歯科」という医師の資格が与えられて以来、日本に定着しました。ちなみに鍼灸もこの時、医師資格でした。「鍼医師」と言って7年の医学教育が課せられていました。
では昔はどのように虫歯や歯周病と戦っていたのでしょうか。東洋医学が大陸から遣唐使や遣隋使によって伝播されるまでは、おまじないや祈祷で対応していたと考えられています。
虫歯から骨髄炎を起こしてお亡くなりになる方は多かったのではないでしょうか。東洋医学が日本に入ってきてからは漢方や鍼灸で対応していました。虫歯でできた穴に漢方薬を詰めたり、穴にもぐさを入れて火をつけたり。歯や歯ぐきの炎症を抑えるために鍼灸を利用しました。虫歯の根本的な治療は歯を抜くことでした。数人で押さえつけてペンチ(やっとこ)で抜いていたようです。麻酔はありませんでした。明治になってオランダやポルトガルの医学が入ってきて、歯科はどんどん進歩しました。
ここ石川県ではどうでしょうか。文久初年(1861)の『加賀藩組分侍帳』を見ると、「御口科」十人扶持(本道兼帯)江間順道先生がお殿様の前田斉泰公の御殿医の一人としてノミネートされています。ちなみに鍼医師は「御鍼立」と呼ばれ9人がノミネートされています。そのうち最も石高が高いのが久保三柳先生の二百五十石です。おおよそですが米一石27万円とすると年間6750万円もらっていたことになります。加賀百万石の御鍼立、大したものです。殿の主治医は横井元中先生、三百石の内科医です。本道と呼ばれています※1。
肩こりとお口のトラブル
さて、ここまで虫歯や歯周病のお話をしてきましたが、それと肩こりの関係を説明します。
肩こりは日本人だけ?
「肩がこるのは日本人だけ」とよく言われます。外国には肩こりの概念がなくて肩関節の痛みしかないといわれています。以前、中国からいらした漢方(中医学)の先生にお聞きしたところ、欧米は知らないけれど中国にはないと言っていました。しかしその後日本でお仕事を続けて数年たったころ、肩がこったと鍼灸を受けに来ました。肩こりは日本特有の風土病なんでしょうか。ちなみにその先生は日本に来てびっくりしたことの一つに冷たいウーロン茶があったこと、だそうです。ペットボトルに入ってコンビニに売っている冷たいウーロン茶はいつ飲んでもおいしいですね。中国では考えられないそうです。お茶は温かいものなんです。先生は日本の生活に慣れるに従い、冷たいウーロン茶が好きになったそうです。
結局先生のおっしゃるには日本人は冷たいものや体を冷やすものが好きすぎるために肩がこるのではないかということでした。肩こりに限らず足の冷えや婦人科の病気なども冷えが原因だといいます。体の外ばかり暖かくしてもダメ、中を温かくしておかないといけません。
何がこるの?神経?筋肉?
コリというのは筋肉が固くなった状態や筋膜が張った状態を指します。また、筋肉内や筋膜上にできた小さな組織のかたまりを指します。神経にコリはできませんが痛かったりつらかったりするので神経が関係しているように思う方がいますが、それは間違いです。
肩こりの原因
直接の原因としては、筋肉の使い過ぎです。同じ動作を繰り返し行うと筋肉は疲労して硬くなります。また、何もせずに動かないでいると筋肉の血行が悪くなりこってきます。繰り返しの動作をしなくても長時間力を入れ続けるとこってきます。同じ姿勢でいる、ストレスで緊張し続けるなどです。内臓の病気から筋肉に反射が起こり、そのせいでこってくることもあります。
そしてどこかに炎症があってその刺激で関連した遠くの筋肉に緊張がもたらされることがあります。
肩こりは冷やしたらいい?温めたらいい?
ぶつけたりひねったりしたケガの場合や急性の強い痛みには患部を冷やした方がいいです。痛みというよりは慢性的にこっている、だるい感じ、重い感じがする場合は温めましょう。入浴や使い捨てカイロを利用するといいです。
気を付けないといけない肩こり
頸椎に原因がある頚椎症の中には原因が腫瘍などの重篤な病気が隠れている場合があります。また、心臓や肺、胃などの内臓に原因がある場合も肩がこることがあります。内科的な自覚症状をしっかり確認して心配なら医師に判断を仰ぎましょう。鍼灸院ではある程度の見立て(疾患の鑑別)はしますが、疑わしいときには紹介状をお渡ししますので専門病院に行ってもらいます。鍼灸が効果的な肩こりが施術の対象です。
歯周病・虫歯と肩こりの関係
歯や歯ぐきに炎症が起こるとはれて痛みが出ます。多くの方が経験したことがあると思います。その場合は歯医者さんに行って適切な治療をしてもらい無事治るわけです。たまに歯医者さんに行かず放っておく人がいます。仕事が忙しくて行きたくても行けない方、そもそも歯医者さんが嫌いな方。放っておくとどうなるか。ほっぺがはれてあごを動かす筋肉にコリができます。その筋肉から関係している別に筋肉に刺激が伝わりどんどんコリが増えていってしまいには肩や首がこってきます。
炎症が気にならない程度の軽い場合、放っておく時間が長くなり首や肩がこってきます。炎症だけでなくかみ合わせがうまくいかない場合でも首や肩のこりが起こります。お口の中のトラブルを地震の震源地とすると、震度5が一回来ただけで首・肩の地盤が盛り上がり(コリができ)ます。また震度1の群発地震が1カ月続くと首肩の地盤が少しずつ盛り上がり(コリができ)ってきます。そんな感じです。
お口のトラブルに効果的なツボ
では、歯医者さんに行くまでに少しでも楽にしておく方法はないでしょうか。ツボを使いましょう。炎症や痛みを軽くする効果がありますが、絶対歯医者さんに行ってください。あくまで症状を軽減する方法です。治るわけではありません。
肩井(けんせい)
肩こりの代表的なツボです。僧帽筋の上縁にあります。「井」は井戸ですが「集まるところ」という意味があります。肩に何が集まるかといえば疲れしかないですね。肩がこった場合にはここにコリが出ます。お灸をしましょう。
肩外兪(けんがいゆ)
肩井の内側にあります。内側にあるのに「外」とはどういうことなんでしょうか。うなじの外ならわかるんですが。このツボは肩井と同じです。肩井も肩外兪も上手に指圧すると大変気持ちのいいツボです。お灸をすえても気持ちがいい。ジーンとした熱痛が体の中に入ってくるように感じます。反応がない場合にお灸をすえると大変熱く感じます。カラダの仕組みは面白いです。
温溜(おんりゅう)
通常の温溜はお口のトラブルにあまり効果がありませんが、澤田流温溜※2なら炎症や痛みを軽減するのに役立ちます。場所は前腕の手首から2㎝ほど上のところです。コリコリとした腱の横にツボを取ります。お灸をすえますがかなりたくさんお灸をすえないと効果が出ません。
鍼やお灸は侵害刺激と言って体に少しだけ悪い刺激(痛みや熱さ)を与えることにより体の防衛反応や治癒力を高めて病気を治すのが目的です。日本の伝統医療なのに理解されなくなってきていることはさみしい限りです。
今回は意図して顔のツボは紹介しませんでした。歯や歯肉の炎症に対するツボ療法ですからほほやあごのツボも利用できますが、やり方次第では炎症がひどくなる可能性があるので肩や腕のツボを紹介しました。
お口のトラブルがカラダのツボに出てくるわけ
炎症
歯や歯肉に炎症が起きると腫れてきます。腫れはほほやあごにも及びますので見た感じ、ほほやあごが膨らんで見えます。ですからほほやあごのツボにも圧痛反応が出ます。患部はツボ刺激するよりアイシングしたほうが良いです。
三叉神経
歯や歯肉には三叉神経が来ています。痛みを伝える知覚神経です。三叉神経はお口の中だけでなくほほやあご、ひたいやあたまなどにも分布していますからお口の中からの信号が混線して頭痛を起こしたり首に痛みを起こしたりします。頭や首のツボにも反応が出ます。
筋・筋膜疼痛症候群
ほほやあごの筋肉にコリが生じ、その筋肉とつながりのある肩や首の筋肉にもコリを作ることから筋・筋膜疼痛症候群が発生します。その際のツボは上記肩井や肩外兪などです。
痛くなったらどうしたらいいでしょうか(歯科に行けない場合)
1.歯科に予約を入れる
2.痛みのあるほほやあごを冷やす
3.市販の鎮痛消炎剤を服用する
4.肩井や肩外兪、温溜にお灸をすえる
鍼灸施術の目的は炎症を軽減させることです。軽度の歯周病なら治りますが、生活習慣病があると再発するので注意が必要です。
肩こりの原因が歯の治療だったケース
歯の治療のあとから激烈な肩こりが起こったケースです。70代の男性は1年前に左の奥歯にインプラントを入れました。治療はうまくいき当初は大変都合がよかったのですが、次第に具合が悪くなり2か月後にインプラントを取りました。その治療も問題なく無事に終わったのですが、そのあとから左の肩のこりと痛みがひどくなってきました。
痛みは座っていても寝ていても常にあり生活に支障が出るほどで、歯科で相談したところ治療した歯には異常がないとのことで鎮痛剤を処方されました。しかし薬の効果が切れると肩の痛みとコリが再燃してきます。以前から腰痛などで当院を利用しておられた患者さんですので、今回も頼っていらっしゃいました。
ルーチンとして頸部の異常がないかスクリーニングしましたが問題ありません。肩の筋緊張と体表面に熱感があり、筋肉の炎症が疑われました。痛くて仕方がないのでご自身でグリグリもんだそうです。気持ちは理解できますが素人のもみすぎほど怖いものはありません。
歯への刺激が首や肩に広がったため、痛みやコリが首や肩に出てきたのです。
施術はまず、首や肩の炎症を軽減させることを優先し、その後肩や首の筋緊張をゆるめるようにしました。ある程度、肩の症状が軽快したところで歯と肩の筋膜のつながりを利用して施術しました。
筋肉の炎症が収まってから歯と肩をつなぐ肩井、肩外兪、翳風、風池、下関、天容などのツボを使って施術しました。
トータルで13回治療しましたが、肩こりは徐々に楽になりました。筋膜のつながりを考えて施術することがポイントでした。鍼灸は血管に及ぼす影響により血流を改善させ、神経(末梢神経や自律神経)に作用することで痛みを軽減したりからだの機能を回復させたります。そして筋膜理論を使うことで筋肉の緊張を軽減させます。痛みがあるところに異常があると限りません。痛みが慢性化すればするほど震源地がわかりづらくなります。
単に肩がこるとか頭痛がするといっても原因が痛むところにあるとは限りません。こったり痛くなったりする前、何があったのかを良く思い出すことでよくなるきっかけが見つかります。
まとめ
昔から歯や歯ぐきのトラブルは人類の脅威だった
鍼灸は使いよう。歯科医と連携したらベスト
筋・筋膜疼痛症候群はお口のトラブルでも起こる
原因は別のところにあるかも
参考文献
※1:『加賀藩組分侍帳』金沢文化協会編、昭和12年7月20日発行
※2:『鍼灸治療基礎学』代田文誌著、医道の日本社