干物女
月曜夜のNHKプロフェッショナルは、イチロー選手の独占インタビューだった。
40歳になったイチロー選手。
しょっちゅう見に行ってたグリーンスタジアムの外野席の
ほんとにすぐそこに、二十代のイチロー選手がいたのに。
それからの日々を、どれだけの想いで積み重ねてきたのか・・・
画面を見つめながら、言葉を、ひっしで書きとった。
まだ、苦しみが足りない
悔しさと向き合う
ココロの痛み、屈辱によって、自分を支えている
失敗と屈辱をカラダに刻み込む
打撃の技術として最終的な形はない
近道は無い
遠回りをしたと思っても、それが一番近い
(修行僧のようなストイックな生活ぶり)
独自の練習メニューを正確に、時間通りにこなす
結局は、どれぐらい野球が好きか
僕は大好きだ
半端な気持ちで向かえるわけがない
ありったけの気持ちで向き合うのが、自然だ
((ストイックな生活ぶりは)宗教の儀式を見ているよう)
それを放棄してしまうと、僕を支えてきた僕が崩壊してしまう
そこはがんばった。努力した。
(40歳になって)
年齢と向き合う
年齢に理由を持って行くと楽だけど
(歳をとること)それによって出てくる風味を味わう
時間を経ることによって風味が出てきたらいいな
おじさんだから、と言いながらも、ふつふつとここに(胸を指して)持ってる
その感触、手応えがあるのかないのか
それによって、未来が変わる
苦しみが充分になったら、辞めるかもしれない…
まだ苦しめる気がする
(それは、まだ)やれるということ
これから、何度もこのメモを取り出して、見ると思った。
わかること、ホントには何もわかっていないコト・・・
たくさんある。
苦しみが足りない・・・
そんな基準で、考えたことなんかなかったな・・・
生き方・・・
在り方・・・