言葉の引き出し
脳梗塞の後遺症で 右片マヒの症状があり、ずっとリハビリをがんばっているAさんは、90歳。
リハビリは嫌いやと言う。
けど、「やらないと、治らないから」と 励んではる。
すごいなあと おもう。
Bちゃんもそうだった。
脳腫瘍の手術後、後遺症の克服のために
「リハビリなんか大っきらい」やけど、「治るために」ひたすら取り組んでいた。
入院中、リハビリ室で 私はいつも 褒められていた。
「よう頑張っているね。」
「いやがらんで えらいねえ」
「うれしそうにしてるの見てたら 励まされるわ」
などなど。
褒められるのが よくわからなかった。
居心地悪かった。
私は、リハビリが ただ 好きだった。
ずっと運動部だったのもあるし、入院中に、「用意されている」することがあるのが ただ うれしかった という単純な理由。
痛いことも しんどいこともあったけど、好きだから 結果として頑張ったことになっている自分と、
絶対的に いやなのに 治るために頑張っている Bちゃん。
心のありようとしては、すごい差がある。大きなレベルの差。
Aさんも Bちゃんも 本当にすごい と思う。
自分は 嫌いなこと、本当にいやなことに出会った時に
そこまでやれるのか、
目的のために やれるのか、
やっているのか、
問うことばかり・・・