時の記念日に考える~時間を支配していたのは誰か

6月10日の「時の記念日」に合わせて、修理・復元した櫓時計と尺時計を展示しました。
おかげさまで連日多くのお客様にご来場いただき、KBCテレビやNHK福岡でも紹介していただきました。
展示をご覧になった方々からは、
「本当に動いているんですね」
「昔の人はどうやって時間を知ったのですか」
「文字盤の数字の並び方が不思議ですね」
など、たくさんのご質問をいただきました。
特に皆様が興味を持たれるのが尺時計です。
江戸時代の時計は季節や場所によって進み方が変わる
現代の時計は一年中、一時間が60分です。
しかし江戸時代の日本では「不定時法」という時間制度が使われていました。
昼の長さと夜の長さをそれぞれ六等分していたため、夏と冬では一刻の長さが異なります。
夏は昼の一刻が長くなり、冬は短くなります。反対に夜の一刻は夏に短く、冬に長くなります。
つまり現代のように均一な時間ではなく、季節によって時間そのものの長さが変化していたのです。
この複雑な時間制度に対応するため、日本の職人たちは独自の和時計を作り上げました。それが和時計で「時間が進む長さをきせつによって変える櫓時計」と「同じ速度で針は動くが表示画面の長さを替えて時間の見え方を変える尺時計」があります。
「今、江戸時代なら九つどきまであと少しです」
今回展示した尺時計は、福岡市の6月の日の出・日の入り時刻に合わせて調整しました。
そのため来場者の皆様には、
「この尺時計は現在の福岡の日の出と日の入りに合わせて動いています。」
「もし今が江戸時代の福岡なら、九つどきまでもう少しという時刻です。」
と説明しました。
すると多くの方が、
「昔の福岡の時間が今ここで動いているんですね」
と驚かれます。
時計を単に眺めるだけではなく、実際に動いている尺時計を見ることで、江戸時代の人々が感じていた時間の流れを体感していただくことができます。
櫓時計の文字盤はなぜ不思議な数字なのか
展示期間中の質問のひとつが、
「なぜ文字盤の数字が六・七・八・九なのですか」
というものです。しっかりとしたお答えができませんでしたのでここで改めてお答えさせていただきます。
現代の時計は1から12まで順番に数字が並んでいます。
ところが江戸時代の時刻は、
九つ
八つ
七つ
六つ
五つ
四つ
という呼び方をしていました。
鐘や太鼓を打つ回数によって時を知らせていたため、時間が進むにつれて数字が減っていくのです。
さらに現代人が驚くのは、一つ・二つ・三つが存在しないことです。
江戸時代の時刻制度では基本的に「九・八・七・六・五・四」だけが使われていました。
つまり一日は、
九つ → 八つ → 七つ → 六つ → 五つ → 四つ
を昼に一回、
九つ → 八つ → 七つ → 六つ → 五つ → 四つ
を夜に一回、
合わせて十二刻で構成されていたのです。
これが現代の24時間に相当します。
「おやつ」の語源も江戸時代の時刻から
展示でこの話をすると、多くの方がさらに興味を持たれるのが「おやつ」の語源です。
現在では午後のお菓子の時間として親しまれていますが、もともとは江戸時代の「八つ時」に軽食を食べていたことに由来します。
昔の時間の呼び方が、現代の言葉として今も残っているのです。
動くことで伝わる歴史
古い時計は展示されているだけでも貴重な文化財です。
しかし時計は本来、「時を刻むための道具」です。
止まったままではなく、実際に動く姿をご覧いただくことで、当時の技術や人々の暮らし、そして時間に対する考え方まで伝えることができます。
今回の展示では、多くの方が尺時計や櫓時計の前で足を止め、熱心に説明に耳を傾けてくださいました。
修理に携わる者として、再び時を刻み始めた時計が人々を惹きつけ、その歴史や文化を伝える役割を果たしていることを大変うれしく感じました。
時の記念日を通して、私自身も改めて「時計とは単に時間を示す機械ではなく、人々の暮らしや文化を伝える歴史の証人である」と実感する機会となりました。


