情報モラル教育の重要性 – ICTとどう付き合うべきか

これまで、この連載では、
「教育とは何か」
「学ぶとは何か」
「教えるとは何か」
「育てるとは何か」
そして、見守る、褒める、叱る、任せる、失敗するということについて考えてきました。
では、私たちは何のために人を育てるのでしょうか。
その一つの答えが、
「自立」
ではないかと思います。
しかし、「自立」とは一体どういうことでしょう。
誰にも頼らず、一人で何でもできることでしょうか。
今回は、教育の一つのゴールとも言える「自立」について考えてみたいと思います。
自立とは「一人で何でもできること」なのか
「自立した人」と聞くと、
自分のことは自分でする。
人に頼らない。
自分で問題を解決する。
そんな人物を思い浮かべるかもしれません。
もちろん、それも自立の一つでしょう。
しかし私は、
「誰にも頼らないこと=自立」ではない
と思っています。
人生には、自分一人では解決できないことがたくさんあります。
分からないこともあります。
苦手なこともあります。
困ることもあります。
そんな時、
「分からないので教えてください」
「手伝ってください」
「一緒に考えてもらえませんか」
と言えること。
これも立派な自立ではないでしょうか。
店長だから何でもできるわけではない
私は長年、店長として仕事をしてきました。
店長という立場になると、スタッフからさまざまな相談を受けます。
判断を求められることもあります。
しかし、店長だからといって何でも知っているわけではありません。
自分より接客が上手なスタッフもいる。
商品に詳しいスタッフもいる。
作業が得意なスタッフもいる。
そんな時、
「店長だから自分が全部やらなければ」
と考えていたら、組織はうまく回りません。
分からないことは聞く。
得意な人に任せる。
みんなの意見を聞いて判断する。
そうすることも必要です。
この経験から私は、
自立とは、一人で生きることではなく、自分で考えながら人と協力して生きること
なのではないかと思うようになりました。
「教える」の先には「教えなくてもできる」がある
第3回で「教える」ということについて考えました。
教える側は、つい、
「いつまでも自分が教えなければ」
と思ってしまいます。
しかし本当は、逆なのかもしれません。
最初は教える。
次に一緒にやる。
そして任せる。
最後には、
教えなくても自分でできるようになる。
そこまでいけば、教える側の役割は一つ減ります。
少し寂しい気もします。
でも、それこそ人が育った証拠です。
先生がいなくても学べる。
親がいなくても判断できる。
上司がいなくても仕事を進められる。
教育とは、最終的には、
「教える人を必要としなくなる人」を育てること
なのかもしれません。
ただし、手を離すタイミングは難しい
だからといって、いきなり、
「今日から全部自分でやりなさい」
では育ちません。
第5回では「見守る」。
第8回では「任せる」。
第9回では「失敗」について考えました。
これらはすべてつながっています。
まず教える。
やらせてみる。
少し離れて見守る。
できたら認める。
失敗したら一緒に考える。
そして、また任せる。
少しずつ手を離していく。
この繰り返しの先に、自立があるのだと思います。
子どもに答えを与え続けたら
子どもから、
「どうしたらいい?」
と聞かれた時、
大人は答えを知っていることがあります。
だから、
「こうしなさい」
と言えば早い。
しかし毎回答えを与えていたら、その子はいつ自分で考えるのでしょう。
時には、
「あなたはどうしたい?」
「どうしたらいいと思う?」
と聞き返してみる。
すぐに答えられなくてもいいと思います。
考える時間そのものが大切だからです。
教育の目的は、
正解をたくさん知っている人をつくることだけではなく、自分で考えられる人を育てること。
私はそう考えています。
AIは何でも答えてくれる
そして今、私たちの身近には生成AIがあります。
分からないことを質問すれば答えてくれる。
文章も作ってくれる。
アイデアも出してくれる。
プログラムも書いてくれる。
これまで人に聞かなければ分からなかったことも、AIに相談できる時代になりました。
これは、とても大きな変化です。
しかし、ここで私は一つ疑問を持ちます。
AIが何でも答えてくれる時代の「自立」とは何だろう。
AIを使わないことが自立ではない
私は、AIに頼ること自体が悪いとは思いません。
私自身、生成AIを活用しながら多くのことを学んでいます。
知らないことを教えてもらう。
考えを整理してもらう。
自分とは違う視点を出してもらう。
それによって、自分一人ではできなかったことができるようになる。
これも新しい時代の学び方だと思います。
大切なのは、
AIに考えてもらうことと、AIに判断まで任せてしまうことは違う
ということです。
AIに聞く。
答えを読む。
「本当にそうなのか」と考える。
必要なら別の情報も調べる。
そして最後は自分で決める。
私は、この関係を大切にしたいと思っています。
AI時代の自立は「上手に頼る力」
これからの社会では、人にもAIにも頼らず、すべて一人でやることは現実的ではないでしょう。
むしろ、
誰に聞けばいいのか。
何をAIに任せればいいのか。
何を自分で考えるべきなのか。
どの情報を信じるのか。
そして最後に、どう判断するのか。
こうした力が必要になります。
つまりAI時代の自立とは、
「何にも頼らない力」ではなく、「必要なものに上手に頼りながら、自分で判断する力」
なのではないでしょうか。
65歳になっても自立は完成しない
私は65歳になりました。
では、私は完全に自立した人間なのか。
そんなことはありません。
今でも分からないことは山ほどあります。
生成AIに聞きます。
本を読みます。
インターネットで調べます。
人に教えてもらうこともあります。
そして、新しいことを学び続けています。
考えてみれば、
自立とは一度完成したら終わるものではない
のかもしれません。
社会が変われば、新しいことを学ぶ必要があります。
仕事が変われば、新しい知識が必要になります。
技術が変われば、また初心者になります。
何歳になっても、
学ぶ。
考える。
失敗する。
人に聞く。
もう一度やってみる。
その繰り返しです。
教育のゴールは「自分の人生を自分で歩くこと」
ここまで10回にわたって「教育」について考えてきました。
私は教育の専門研究者ではありません。
店長として人を育ててきました。
学校現場にも関わってきました。
家庭では親として、そして今では祖父として子どもたちの成長を見ています。
そして65歳になった今も、自分自身が学ぶ側にいます。
そんな経験から私が感じていることがあります。
教育のゴールは、
良い点数を取ることだけではない。
良い学校へ行くことだけでもない。
良い会社に入ることだけでもない。
最終的には、
「自分の人生を、自分で考えながら歩いていける人になること」
ではないでしょうか。
迷ってもいい。
失敗してもいい。
人に頼ってもいい。
AIに相談してもいい。
でも、
「自分はどうしたいのか」
を考えることだけは手放さない。
そして、自分で選び、また次へ進む。
そんな人を育てること。
それが、これからの教育に求められる大切な役割の一つだと私は思います。
育てることは、いつか手を離すこと
教える。
育てる。
見守る。
褒める。
叱る。
任せる。
失敗を受け止める。
これまで取り上げてきたことは、すべて一つにつながっています。
それは、
いつか、その人が自分の力で歩いていけるようにすること。
人を育てるということは、ずっと手を握っていることではありません。
いつか手を離すために、今、手を差し伸べる。
そして手を離した後も、
「困った時には、いつでも戻っておいで」
と言える場所でいる。
それもまた教育なのではないでしょうか。
今回で、この連載も第10回を迎えました。
しかし、「教育」について考えたいことは、まだまだあります。
次回からは少し視点を広げ、
【第11回】学校は何のためにあるのか ― AI時代に改めて考える学校の役割
について考えてみたいと思います。
Today's English Phrase
Think for yourself, but don't be afraid to ask for help.
(自分で考えよう。でも、助けを求めることを恐れないで。)
一人で何でもできる人になる必要はありません。
人とつながり、AIも活用し、それでも最後には自分で考え、自分で選ぶ。
それが、これからの時代の「自立」なのではないでしょうか。
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