7つのムダ③ 運搬のムダ

釜剛史

釜剛史

テーマ:ホワイトカラーのためのTPS講座

社会や現場の「あるある」課題

「この件、いったん○○さんに回してください」
「まずは資料を作って、関係者に展開して、コメントを集めて、それからまた修正して……」
「同じ内容を、メール・チャット・会議で何度もやり取りしている」
「結局、誰がボールを持っているのかわからない」

オフィスワークでは、こうしたやり取りが日常的に発生しています。
本人たちは忙しく動いている。
メールも飛び交っている。
会議も開かれている。
しかし、仕事そのものはなかなか前に進まない――。

この状態を、単に「コミュニケーションが多い」と片づけてしまうと、本質を見落とします。
トヨタ生産方式(TPS)の視点で見ると、そこには
「運搬のムダ」が潜んでいる可能性があります。

製造現場での運搬のムダは、モノを必要以上に運ぶこと。
では、モノを作っていないホワイトカラーに運搬のムダはあるのでしょうか。

答えは、あります。
しかも、かなり多くあります。

今回は、ホワイトカラーの現場に潜む「見えない運搬」に注目しながら、
TPSの視点で仕事の流れを読み解いていきます。



運搬のムダとは何か

TPSにおける「運搬のムダ」とは、
価値を生まないモノの移動を指します。

たとえば製造現場では、

  • 必要以上に長い距離を部品が移動する
  • 工程間で何度も運び直す
  • 仮置き場を経由して遠回りする
  • レイアウトが悪く、作業者が取りに行く

といった形で現れます。

ここで大切なのは、
“運ぶこと自体は価値を生まない” という考え方です。

もちろん、現実には運搬がゼロにはなりません。
しかし、顧客から見てお金を払いたくなる価値は、
「運んだこと」ではなく、「必要なものが適切に加工・提供されたこと」にあります。

だからTPSでは、運搬は必要最小限に抑える対象として見ます。

ホワイトカラーにおける「運搬」とは何か

ホワイトカラーの現場では、モノそのものはあまり動きません。
しかし、代わりに次のようなものが絶えず動いています。

  • 情報
  • データ
  • 書類
  • ファイル
  • メール
  • チャット
  • 承認依頼
  • 相談事項
  • タスクの受け渡し


つまり、ホワイトカラーにおける運搬のムダとは、
“仕事に必要な情報や判断が、必要以上に人と場所の間を行き来している状態”
と捉えることができます。

たとえば、こんな場面です。

  • 同じ資料を何人にも順番に回している
  • 一度で済む確認を、部署ごとに分けて依頼している
  • ひとつの問い合わせが、担当不明のままたらい回しになる
  • データをExcel→PDF→メール添付→再入力で渡している
  • 会議で話したことを、後でメールで再共有し、さらに別会議で再確認している


こうしたやり取りは、一見すると「丁寧な連携」に見えます。
しかし、TPSの視点では、
“流れている”ようで、実は“運ばれているだけ”
ということが少なくありません。

運搬のムダが引き起こすもの

運搬のムダは、単にやり取りが増えるだけではありません。
次のような問題を連鎖的に生みます。

1. リードタイムが長くなる
仕事そのものは1時間で終わるのに、
確認・受け渡し・再送・差し戻しを繰り返して3日かかる。
これは、ホワイトカラーでよくある現象です。

実作業よりも、
“人の間を移動している時間”が長くなっているのです。

2. 情報が劣化する
人から人へ、形式から形式へ渡るたびに、

  • 意図が抜ける
  • 文脈が失われる
  • 最新版がわからなくなる
  • 誰の判断か曖昧になる

という問題が起きます。

製造現場で言えば、運ぶたびにモノが傷つくようなものです。
情報もまた、運ばれるたびに“品質劣化”します。

3. 責任の所在が曖昧になる
「もう送った」
「今は○○さんが持っている」
「確認依頼中です」

こうした言葉が増えると、
仕事の主体が“進めること”から“回すこと”に変わってしまいます。

結果として、誰も止めていないのに、仕事が止まる。
これも運搬のムダの典型です。

対策は「連携を減らす」ことではない

ここで誤解してはいけないのは、
運搬のムダを減らすことは、
コミュニケーションを減らすことではないという点です。

必要な連携は、もちろん大切です。
問題なのは、
価値を生まない“受け渡しの回数”や“遠回り” です。

TPS的に問うべきは、次のような視点です。

  • この受け渡しは本当に必要か
  • 一度で済む確認を、分割していないか
  • 誰に渡すべきかが曖昧になっていないか
  • 情報が途中で再入力・再加工されていないか
  • 近くで済むことを、わざわざ遠回りしていないか


つまり、
“流れをつなぐ連携”と、“ただ回しているだけの運搬”を見分ける
ことが重要です。

ケース:提案書が“社内を旅していた”営業部門

ある会社の営業部門では、提案書の作成に時間がかかることが課題になっていました。

担当者は、まずドラフトを作成し、
上司にメール送付。
上司はコメントを入れて返却。
その後、技術部門へ転送。
技術部門はPDFでコメントを返し、
営業担当はそれをExcel管理表に転記。

さらに法務部門へ回し、
法務の確認後、再び営業部門で最終版を整える――。

一連の流れの中で、提案書そのものは何度も人の間を行き来し、
ファイル形式も変わり、
最新版の所在も曖昧になっていました。

現場では「関係者が多いから仕方ない」と考えられていましたが、
流れを書き出してみると、問題は明確でした。

  • 同じファイルが何度も転送される
  • コメントの窓口がバラバラ
  • 再入力が発生する
  • 誰が次に持つのかが曖昧
  • 一度で済む確認が分散している


そこで、この部門では次のような見直しを行いました。

  • コメントは共有ドキュメント上に一本化する
  • 技術・法務の確認タイミングを整理し、並列化できるものは並列化する
  • 確認依頼時に「見てほしい観点」を明示する
  • 提案書の“正本”を一つに決める
  • ボールの持ち主を可視化する


その結果、提案書の作成時間そのものは大きく変わらなかったものの、
提出までのリードタイムは大幅に短縮されました。

つまり、改善したのは「作る力」ではなく、
“社内を旅しすぎていた情報の流れ”だったのです。

まとめ

「運搬のムダ」は、
製造現場だけの話ではありません。
ホワイトカラーの現場でも、情報や判断が人の間を行き来することで、
多くのムダが生まれています。

  • 資料が何人もの間を回る
  • 同じ内容を複数の手段でやり取りする
  • 再入力や形式変換が発生する
  • 誰がボールを持っているか分からない


こうした状態は、
“連携している”ように見えて、
実は“運んでいるだけ”かもしれません。

TPSの視点で大切なのは、

  • 受け渡しの回数を減らす
  • 一度で済む確認をまとめる
  • 正本を一つにする
  • ボールの持ち主を明確にする
  • 情報の流れをできるだけ短く、素直にする


ホワイトカラーにおける生産性向上とは、
「もっと速く作る」ことだけではありません。
“仕事が無駄に旅をしない流れ”をつくることも、重要な改善です。



ホワイトカラー向けのTPS講座(10/50)

次回予告
「7つのムダ④ 加工そのもののムダ」


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専門家

釜剛史(イノベーションコンサルタント)

株式会社あくるひ

企業研修、コーチング、技術経営コンサルティングの三つのアプローチでイノベーションを実践的に支援。富士写真フイルムやトヨタ自動車での実体験を基に、「横から目線」でクライアントの愉快創造を活性化します。

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