研修だけでは防げない?仕事と介護の両立支援に必要な“制度設計と運用”とは
「介護に直面している社員はいないから、うちは大丈夫」
そうおっしゃる経営者・人事担当者の方に、私はいつも同じ質問をします。「それは、社員の方が直接そうおっしゃったのですか?」と。
従業員は「家族の介護」については聞かれなければ「言わない」のです。
会社に言えば迷惑をかける、評価が下がる、最悪の場合は辞めさせられる。そんな不安を抱えながら、今この瞬間も誰かがあなたの会社で介護と仕事を一人で抱えているかもしれません。
私自身、32歳で母が病気になって以来、働きながら介護に向き合ってきました。
私は、母が病気になって入院したことは会社に報告しましたが、その後の状況はとくに報告しませんでした。報告しても意味がないと思っていたからです。
結果的にそれが一人の殻に閉じこもることにつながっていき「わからないことがわからない」という状態で翻弄され、38歳で仕事を辞めた経験があります。
その後、介護者支援という概念に出会い、今は企業の介護離職防止を支援する立場にいます。
今回は「仕事と介護の両立」対応を後回しにし続けた結果、ある日突然キーパーソンを失ってしまう、というよくある失敗のパターンとその防ぎ方をお伝えします。
よくある失敗:「今は大丈夫」が突然の退職につながる構造
典型的な経緯はこうです。
ある日、勤続10年以上のベテラン社員が「一身上の都合」で退職届を提出します。引き止めようとすると、「親の介護があって、このままでは無理なんです」と初めて打ち明けられる。経営者も人事担当者も初耳です。
「なぜもっと早く言ってくれなかったのか」と思われるかもしれません。しかし当人にとっては、言える環境がなかったのです。
有給休暇すら取りにくい雰囲気、制度はあっても周知されていない、「休んだら同僚に迷惑がかかる」という空気。
そういう職場では、突発的な介護の用事が生じるたびに社員は精神的に追い詰められ、ある日突然、糸が切れます。
特に中小企業では、一人が担う業務範囲が広く、代替要員もいません。
だからこそ「休まれたら困る」という経営側の本音があります。
しかしその本音が職場の空気になった結果、「言えない→抱え込む→限界が来て辞める」という連鎖が起きてしまうのです。
3つの思い込みが、企業の対応を遅らせる
介護に対する対応を後回しにしてしまう背景には、根強い思い込みがあることがわかってきました。
一つ目は「介護に直面している社員はいない」という思い込みです。
2035年には働く人の約6人に1人が育児や介護などのケアに関わると推計されています(パーソル総合研究所「ケア就業者に関する研究」2025年7月)。
「いない」のではなく、「言えていない」のです。
二つ目は「介護は家族がやるもの」という思い込みです。
少し古い考え方の経営者の中には「親の介護は妻がやるもの」とお考えの方もいます。しかし共働き世帯が当たり前の今、介護の担い手が「家族の中に自動的にいる」という前提は崩れています。
三つ目は「制度があれば十分」という思い込みです。
育児・介護休業法に基づく制度を整備していても、従業員に知られていなければないも同然です。制度の存在を丁寧に周知することが、実は最も重要な一手です。
放置すると何が起きるか。中小企業が直面する現実
大企業であれば、一人が抜けても組織は回ります。しかし中小企業では、そうはいきません。
ベテランの営業担当が突然辞めれば、顧客関係が断絶します。
経理や総務のキーパーソンが抜ければ業務が止まります。
現場リーダーが辞めれば、後輩のモチベーションも崩れます。
しかも、介護離職は予告なく来ます。ギリギリまで誰にも言わず、ある日突然辞めるのです。採用コスト、引き継ぎコスト、失われた信頼…。損失は計り知れません。
人材確保が極めて困難になっていく時代、「人が辞めたら採用すればいい」という発想はもはや成立しません。今いる人材を守ることが、最重要の経営課題です。
着手すべき3つのタイミング
では、いつ動けばよいのか。私が現場でお伝えしているのは次の3つのタイミングです。
① 社員の平均年齢が38歳を超えたとき
40代・50代の親が介護を必要とする年齢になるのは、子が38歳前後からです。「まだ早い」ではなく「ちょうどいいタイミング」です。
② 介護離職者が実際に出たとき
一人が辞めた背景には、同じ状況にいる他の社員が必ずいます。「一件あれば氷山の一角」と考え、すぐに全体の状況把握と周知に動いてください。
③ 自分や身近な人が介護に関わったとき
経営者自身が「友人が親の介護で大変そうだ」と感じた瞬間、それはあなた自身もその年齢になったということです。他人事ではなく、自社の問題として捉えるサインです。
今すぐできる3つの対策
では、具体的に何から手をつければよいのか。難しく考える必要はありません。今日からできる3つの対策を紹介します。
対策1:育児介護休業法の制度を「丁寧に」周知する
制度があっても、社員が知らなければ存在しないのと同じです。使える制度の一覧・申請方法・相談窓口を、メールや掲示だけでなく、研修や個別面談の機会を通じて「伝わるまで」届けましょう。「隠すから辞めていく」、周知こそが最初の一手です。
対策2:有給休暇の取得率を上げる
介護は突発的です。急に親が倒れた、病院に付き添わなければならないそういう場面で有給休暇を申請できる職場かどうかが、社員が「続けられる」かどうかの分かれ目です。まず有給取得率を確認し、取りにくい原因を特定してください。
対策3:人材が減ることを前提とした業務改革に着手する
「誰かが急に休んでも回る仕組み」を今から作ることが、最大のリスクヘッジです。業務の属人化解消、マニュアル整備、デジタルツールの活用。痛みを伴う改革かもしれませんが、それを先送りしている間にも、社員は辞めていく可能性があります。
「この会社にいていいのか」という不安を取り除く
有給が取れる、制度がある、しかしそれだけでは不十分です。社員が「この会社にいていいのか?」と不安を感じている限り、いざというとき会社に相談しようとは思いません。
心理的安全性を担保するには、会社の未来を示すことが欠かせません。「うちの会社はこういう方向に進む」「皆さんにこんな形で活躍してほしい」というメッセージを、経営者が継続的に発信することが社員の安心感の土台になります。
働きやすい。働き甲斐がある。この会社を盛り上げたい。そう思ってもらえる組織は、突然の介護に直面した社員が「相談してみよう」と思える職場でもあります。
「介護に直面している社員はいない」は、最も危険な思い込みです。介護は隠れ、ある日突然、辞表という形で現れます。まずは制度の丁寧な周知と有給取得率の向上から着手し、「言える職場」をつくることが、最大の介護離職防止策です。
貴社の職場の仕事と介護の両立支援ご相談について
ここまでお読みいただき、
「うちも同じ状況かもしれない」と感じられた方もいらっしゃるかもしれません。
介護離職は、気づいたときには退職という形で表面化するケースが多く、
初動対応の違いが企業の損失を大きく左右します。
また、制度の整備や周知だけでなく、
現場で実際に機能する「運用設計」まで含めて考えることが重要です。
※研修のみのご依頼だけでなく、
制度設計・運用支援・個別ケース対応まで一貫してご相談いただけます。
「何から手をつければよいかわからない」といった段階からでも、
お気軽にご相談ください。


