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人や物に対して心地よさを感じる“環境心理”を設計に反映

くつろぎを寸法という数字に置き換え、住まいをつくる一級建築士

津野恵美子

くつろぎを寸法という数字に置き換え、住まいをつくる一級建築士 津野恵美子さん
津野恵美子さん 打ち合わせ風景

#chapter1

外部環境や家族の関係性などから適切な寸法を導き出す

 一戸建て住宅、別荘、マンションリノベーションなどの設計を手がける一級建築士事務所「津野建築設計室」主宰の津野恵美子さん。建築雑誌で、その建築が紹介されるなど業界からの注目度も高い一級建築士です。

 東京大学工学部建築学科在学中の研究テーマは、人間が空間をどう認知するかという“環境心理”。「人や物に対して心地よさを感じる距離は本能的に決まっています。敷地条件や家族との関係性などを踏まえながら、人がもともと持っている“寸法感覚”を利用し、心地よさというものを数字に置き換え、設計の中で暮らしに適切な寸法を与えていくことを強みとしています」

暮らしの中には、いろいろなものに対する距離があると話す津野さん。例えば外部環境であれば、隣家や道路との距離。プライバシーの確保と開放感の両立のため、開口部の寸法や外との距離を考えます。「人は10mまでを自分のテリトリーとして認識します。ある住宅では、1階にピクチャーウィンドウと呼ぶ大きな窓を設けました。正面から見える中庭までの距離は6mですが、斜めからちらっと見える通りまでは10m以上。公共的な距離を取りいれることで、住まいに“抜け感”を演出できます」

 また、家族の間にも距離は必要です。二世帯住宅の場合なら、親世帯と子世帯はつかず離れずが良いとされています。そこで、生活スペースを分けるのはもちろんのこと、動線が交わらないように配慮。それでいて“気配”は感じられる距離を導き出します。
「一例を挙げると、2階に母親の居室をつくり、中庭をはさんで孫の部屋が見えるようにしました。しかし、段差をつけることで目線がずれるため、プライバシーは確保されつつ、お互いの様子が視界の端にちらっと入ってくるという設計です」

#chapter2

自然と共存する箱根の別荘「ヤマノイエ」は日本建築学会作品選奨などを受賞

 外部環境や家族の関係性のほか、物との距離、どの時間帯にどの部屋で長く過ごすかといった時間との距離も設計においては大切な要素となります。「部屋の間取り、各居室の大きさなどは暮らし始めてから変更できないもの。だからこそ、さまざまなことを読み解き、何とどう距離を置き、何をどう近づけるか、学術的に適性といわれる距離感も考慮しながら確実な寸法をとことん考え抜きます。それが私の義務だと思っています」

 緻密な計算と繊細な感性、遊び心が融合された津野さんの設計は、スタイリッシュで美しい住空間を実現しています。
 
 中でも注目したいのは2016年に完成した箱根の別荘。通称「ヤマノイエ」は傾斜した敷地に立ち、もとの林をできるだけ保存した設計で、2棟を渡り廊下でつないだ建物です。自然と共存する構造美は高い評価を受け、2018年日本建築学会作品選奨などを受賞しています。
「敷地は林の中。広い空間が欲しいという要望により、建物をカーブさせて手前から奥まで見通せないつくりにすることで奥行き感を出しました。奥へ向かって歩くにつれ窓から見える風景も変化。その視覚効果も実際以上の広さを感じさせます」

施工事例

#chapter3

施主と打ち合わせを重ね要望を丁寧に拾い上げる

 津野さんが設計において最も大切にしているのは、施主との打ち合わせです。「家族ごとに“距離感”は違うので、お施主さんの要望を丁寧に拾い上げていきます。初めに打ち合わせシートに記入していただくのですが、そこには好きな映画や本、家事は何が好きで、何が苦手かなど漠然とした質問もあります。それが言外の思いをくみとる大事なヒントになります。お施主さんには、新しい家でどんな暮らしをしたいのか、明快なイメージを持って、ささいなことでも何でも話してほしいですね。私にとっては、それが重要な情報になります」

 打ち合わせでは、暮らし方の情報収集の場である現在の住まいを訪問するという津野さん。「例えば行くたびに洗濯物が部屋に干してあれば、特に要望として出てこなくても広めのランドリースペースを提案する」など、ふだんの何気ない習慣も見逃しません。特に家事に関しては、ちょっとしたストレスや負担まで改善できるよう設計に反映。この全方位的な気配りが、施主との距離を縮めているようです。

 設計を図面化してからも何度も打ち合わせをくり返し、最終形まで半年から1年の時間をかけます。そして、構造、設備の設計士、照明デザイナーなど信頼できる専門家とともに完璧な仕事を目指します。
「家は、要望、デザイン、施工、予算などのバランスも重要。例えるなら、繊細なカッティングを施したクリスタルガラス“スワロフスキー”でできたボールのようなもの。ひとつひとつ丁寧に積み上げていかないといびつになってしまう。完璧な形にするには時には至近距離で、時には俯瞰から見る。設計には“距離感”が大切なのです」と津野さん。

「お施主さんがその家で心地よく暮らしている姿をみるとほっとして、うれしくなる」と笑顔で話してくれました。

(取材年月:2018年12月)

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津野恵美子

くつろぎを寸法という数字に置き換え、住まいをつくる一級建築士

津野恵美子プロ

一級建築士

一級建築士事務所/津野建築設計室

人がもともと持っている心地よさを感じる「寸法感覚」を利用し、外部環境や家族との関係を踏まえながら、心地よさという漠たる感覚を数値化して、空間や暮らしに適切な寸法を与え、家族ごとに暮らしやすい家を実現。

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