放置逃亡と時効:経営危機と再生のジレンマ【才藤投稿】

100室ほどある温泉旅館が倒産しました。
親子代々温泉旅館業を営んできた三代目の経営者は、不本意ながら倒産の決断をしました。
倒産の原因は、一に売上減、二に売上減、三四がなくて、五に売上減。2011年3月の東日本大震災以来、客数減は回復しませんでした。
さらに、2020年からのコロナ禍が追い打ちをかけました。
海外からの客(主に中国と韓国)が戻らないだけでなく、国内の客も減少し、観光業全体が大きな打撃を受けました。
コロナ禍から5年以上が経過した2025年でも、観光業界は回復の兆しを見せていませんでした。バブルの最盛期からは売上が半減し、震災前からでも30%以上落ち込んでいました。
経営相談を受けたとき、倒産の選択は早かったです。
地域金融機関は、先々代から融資を続け、土地の取得や建物の建替えのたびに融資金額を増やしてきました。
その結果、過大な融資残を抱え、事業を続ければ続けるほど債務超過が膨らむ状態に。最終的には金融機関への利払いと返済のために事業を続けているような状況になっていました。
七十歳を目前にした経営者自身は、子供たちが独立していることもあり、経済的には年金もあるので、つつましい老後生活を覚悟すれば大きな不安はありませんでした。
倒産にあたって経営者が悩んだのは「雇用」でした。
温泉旅館業が盛んな地域は他に産業が少なく、地域住民の雇用が失われると影響が大きいのです。
社員とパート、アルバイト合わせて約100人の雇用がありました。
この温泉旅館の倒産以前にも近隣で同業の倒産が続き、地域はゴーストタウン化していました。
私はこの温泉旅館の運営を引き継いでくれる会社があれば、かなりの雇用が守れると思い、弁護士を通じて旅館の運営会社に打診しました。
つまり、金融機関への利払いと返済がなければ、ぎりぎり運営が可能だと判断できたのです。
旅館そのものは経営者と会社の所有で、根抵当権がついており大きな借入金額がありますが、100室もある温泉旅館は簡単に売却できるものではありません。
老朽化も進んでいます。
しかし、根抵当権の範囲では、所有権者が家賃などの収入を得なければ(差し押さえできなければ)、誰かが営業を続けても妨げられることはないと聞いていたので、その方法を志向しました。
結果を申し上げますと、この温泉旅館は倒産処理が進む間も営業を続けています。
元の経営者は事業の現場からは離れ、運営会社が運営を引き継いでいます。
運営会社は赤字を出さないよう必死に運営し、雇用の多くは継続できました。社員たちは運営会社と新たな雇用契約を結びました。
金融機関は任意売却を進めようとしていますが、買い手はまだ現れていません。
営業上の債権者は、運営会社からの現金決済に応じ、破綻時の債務を放棄してくれました。
意外だったのは、税務署が未納分延滞分の長期の延払いに応じてくれたことでした。
その理由は雇用の継続にありました。地域としては雇用の継続がなされないと大きな影響が出るため、税務署も協力してくれたのです。
この判断は、水道や光熱費についても長期の延払いに応じるという形で影響を与えました。
この倒産のケースは、事業の無限拡大志向に金融機関がつけこんで限界を超えて貸し込んだための破綻であり、時代や消費行動の変化を読みきれなかったことも原因の一つです。
経営者は深く落ち込みましたが、私は経営者に対して、「もう事業のことは忘れて(弁護士や運営会社に任せて)残り少ない老後生活を楽しみましょう」と話しています。近いうちに東京の落語会や寄席に来てくれそうですし、ニューヨークでジャズのライブをご一緒できるかもしれないと、私もわくわくしています。



