リーダーが壁を乗り越えるとき -王貞治氏から学ぶ-
「社会を一歩でもより良い方向に導きたい」との思いを持つリーダーの皆さまへ、「人・組織の専門家」として、私が現場で学んだことやノウハウを書かせて頂きます。自社の組織づくりのヒントになれば幸いです。
今回のテーマは、「成長する経営者の条件 -内省とリフレーミング-」です。
【目次】
1.はじめに
2.ふたりの経営者の悩み
3.「リフレーミング」と「内省」とは?
4.経営者にとっての「リフレーミング」と「内省」の有効性について
5.内省的姿勢を持つ経営者と組織の成長 -S会長の事例-
6.どのように「内省」を行うのか
7.まとめ:経営者こそ必要な「内省」
1.はじめに
先般、『リーダーが壁を乗り越えるとき -王貞治氏から学ぶ-』というコラムで、自分のリーダーシップやマネジメントを見つめ直す「自己認識力」を高めるには、「内省」が有効です、ということを書かせて頂きました。
本日はその続きとして、経営者にとって「内省」や最近聞くことが多くなった「リフレーミング」の有効性について、ご紹介させて頂けたらと思います。
リーダーの皆さまの少しでもお役に立てれば幸いです。
2.ふたりの経営者の悩み
先代経営者から会社を引き継いだAさんは、悩んでいました。
自分の代になって昇格してもらった幹部たちが、もう数年も経ったのに自分と同じ「経営目線」にたってくれない。言われたことはする、自分の任された領域の仕事はするが、それ以上のことはやろうとしない…。
ITベンチャーを経営するBさんは、悩んでいました。
管理職層の人材育成がうまくいっていない。あるマネジャーは、部下の1人を日頃から、挑戦するガッツがないと決めつけていて、目標管理面談では、設定目標が保守的だと、はじめからネガティブな思考で部下と向き合い、そのやりとりは、成長支援ではなく、「お説教」になってしまっている…。
Aさん、Bさんともに自分がトップになってから、似たような同じ悩みを繰り返していると思っている。何が良くないのか。頭のなかで、違和感ばかりが駆け巡っている…。
皆さんもこうしたことはないでしょうか。
ふたりの悩みに対して、「事象」としてのアプローチは、それぞれ解決策はあるでしょう。
例えば、Aさんの悩みについては、幹部たちと会社の存在意義や自分自身がこの組織にいる意味、経営者からの期待の表明といった対話によるアプローチと経営知識の付与の双方によって、経営者意識を高めていく解決策が見出されます。
また、Bさんのケースでも、その部下自身の育成に関する考え方の確認、人材育成の基本的な知識の付与といったアプローチが考えられます。
確かに、こうした個別対処が有効なのは間違いないですが、果たしてそれだけで、十分でしょうか。似たような問題がまた引き続き起きることはないでしょうか。別のアプローチはないでしょうか。
そもそも、先述の表出した幹部や管理職の問題や課題は、瞬間的に出現したものではなく、時間を掛けて、起きるべくして起きた要因があったのではないか、と考えるとどうでしょう。
そして、それがトップリーダー自身の関わり方や意思決定、思想、行動が起因しているとしたら…。
以前のコラムで、「王貞治氏の内省」について、書かせて頂きました。
https://mbp-japan.com/tokyo/baronc/column/5109531/
巨人軍の監督時代にうまくいかなかったことを内省されて、福岡時代に紆余曲折がありながらも、自分の内面(監督としてのマネジメントや勝利への考え方)を見つめ直し、新たなスタイルで生まれ変わり、成功を収めたというエピソードでした。
つまり、組織で起きている問題や課題を部下や社員のせいにするのではなく、自分自身のあり方(考え方、行動)に要因を求め、客観的に見直すということを王さんはされたというご紹介でした。
改めて言えば、これは、自分の内面を客観的に見つめ直す「内省」であり、もうひとつ大きな枠組みで言えば、物事を多角的に見つめるという「リフレーミング」の効果と言えます。
3. 「リフレーミング」と「内省」とは?
まずは、リフレーミングと内省の意味を簡単に書いておきます。
リフレーミングとは、物事を1つの角度で見るのではなく、多角的に物事を見つめることです。
物事を1つの角度で見ること(認知のフレーム)は、決して悪いことではないのですが、その「認知のフレーム」が「客観的」に物事を捉えられず、固定観念となって、正しく物事を見ることができなくなっている状態。
マネジメントで言えば、過去の対処方法がもうすでに有効じゃない状況になっていることに気づかず、同じ対処方法を取り続けて、成果が上がらないといったことが起きます。
この固定観念に染まった意識を乗り越える手法として、リフレーミングは有効性を発揮します。
もうひとつの内省とは、自分自身の考え方、行動、それに基づく内面を客観的に深く省みること、またその結果、出来事の意味を新たに捉え直すことと言えます。そして、内面とはその人の信念や信条、価値観を指します。
先述のとおり、人は自分の経験や信念、信条、価値観に基づいて、物事を解釈したがる「認知フレーム」をもっており、それが「固定観念」化されると、新たな行動を阻害し、成長が止まってしまう恐れが多分にあります。
つまり、人が成長をしたり、新たな行動に踏み出すには、この固定観念を自己理解するためにリフレーミングと内省が有効になるということです。
さらにリフレーミングと内省の関係で言えば、リフレーミングという手法のなかで肝となる「固定観念を客観視する、または取り除く」という部分で、内省は強力な機能を発揮するということになります。
4. 経営者にとっての「リフレーミング」と「内省」の有効性について
経営者の内省の有効性は数多く経営学者が語られているところですが、1つの定量的なエビデンスをご紹介しましょう。
それが、現在、ユニティガードシステム株式会社で、代表取締役社長をされている八木陽一郎氏が経営学者時代に書かれた『内省とリーダーシップ』(白桃書房 2012.5)です。
中小企業の後継経営者を対象とした専門調査に基づいて書かれた本ですので、詳細は省かせて頂きますが、大変貴重な研究です。
私が結論を要約させて頂くと、「内省経験が、リーダーの役割満足、課題対処できるという自信、ストレス反応、問題を前向きに捉えられる姿勢(積極的コーピング)、修羅場経験から学べる力、経営幹部の活性化、企業競争力の強化等の好ましい影響が出ている」ということが記されています。
これに加えて、私自身が、内省やリフレーミングに関する1対1の対話によるセッションを人事マネジャー、またはコンサルタントとして、10年以上、中小企業経営者や経営後継者、上場企業マネジャー、ベンチャー企業幹部の方々にさせて頂いていますが、現場で私自身が感じている、特に内省についての効果をまとめますと、以下のようになります。(八木先生と重なるものが多々ありますが…)
【リーダーが内省から得られる効果】
(1)自己理解を深めることにより、自分の価値観や信念、自分軸が明確化される
(2)自己の客観視(メタ認知)による固定観念から脱却し、マネジメントの柔軟性を獲得できる
(3)他者理解が深まることで、部下との関係性、人材育成、マネジメントの向上が見出せる
(4)他者に原因を求めるのではなく、自分の課題と捉えるセルフリーダーシップが高まる
(5)あらゆる出来事から学びを見出し、自己成長へつなげられる姿勢が創られる
(6)問題を前向きに捉えられる(受け止める)マインドの醸成(積極的コーピング)される
(7)課題対処できるという自己効力感(ストレス軽減)が醸成される
セッションを受けられたいる経営者のほとんどの方は自分自身でその効果を感じられ、継続的に定期セッションを受けられています。
5. 内省的姿勢を持つ経営者と組織の成長 -S会長の事例-
ここで、角度を変えて、経営者の内省力と組織の成長という観点で事例をご紹介できたらと思います。
私が人事マネジャーという立場の部下として、3年間、日夜ご一緒させて頂いた経営者S会長。シリコンバレーと日本をまたにかけて活躍され、10名前後で始めたベンチャー企業を上場企業まで育てあげました。
私が尊敬し、そのリーダーシップに影響を受け続けているS会長は、自分自身の内面に意識を向けることを徹底されていました。
当時、事業課題、上場について、幹部への期待、組織文化等々、目指す姿と現状ギャップにおいて、常に問題と課題は山積みでしたが、会長室、ランチ、時には夜のごはんにお付き合いさせて頂きながら、私はコーチングなどというおこがましいことではなく、会長の話を壁打ちの聞き役として、有難く聞き、一緒に問題解決の糸口を考えさせて頂いていました。
そして、その時間においては、S会長が自分自身で話されるとで、会長自身が整理をされて、次の打ち手を考えておられました。
今、振り返れば、まさにこのS会長は、柔軟思考の持ち主で、リフレーミングの達人であり、そのリフレーミングの中核には、王さん同様に内省的で、「他人が変わることに期待をしたり、外部に要因を求めるのではなく、自分が変わることで、物事に変化を与えていく」という姿勢が存在していました。何が会長(経営者)としてできるか。もっとできることはないか。変えなくてはいけない自分自身の行動は何か。徹底的に突き詰めておられました。
S会長の内省力がどこからきたのかはわかりません。ただ、信念や価値観として、人を愛し、人に対して、誰であっても敬意をもって接するという姿勢はビジネスであっても、プライベートであっても、変わらず、つねに自分がどうありたいかを意識し、それを慣的に見につけられ、おそらく成熟された際には無意識に体現される状態になっていたのではないかと思います。
それが、人を惹きつけ、S会長の志のもとに、多くの有望な人材が集まり、最終的にはベンチャー企業が上場するという快挙に至ったのは間違いないと思います。
「経営者の器にしか組織は成長しない」という言葉がありますが、言い換えれば、「経営者の内面的な成熟と組織の成長は歩を共にする」というまさに生きた実例かもしれません。
6.どのように「内省」を行うのか
では、どのようにリーダーが内省をするのか? 簡単にお話しましょう。
マネジャーに対して、内省を強く奨めている世界的な経営学者のマギル大学のヘンリー・ミンツバーグ教授の教えをベースに私なりの考えをご紹介します。
【内省のコツ】
(1)どんなに忙しくても、内省の時間をとること
□ 慣れないうちは週1回を目途にすると良いかと思います。
(2)書いてみること
□ ジャーナリングという概念がありますが、頭のなかで抽象化するのではなく、手を動かし、ペンを走らせて、文字化して具体化することが大切です。書き出すと、連想的に考えや感じたことが出てくるはずです。これが内省では大事です。
(3)書く内容=「気になった出来事」、「その場面でとった行動」、「その時の感情や行動の意図」、「そうした感情や意図に思い至って経験の過去への探索」、「その出来事を改めて俯瞰して見えてきた自分の信念・信条、価値観、固定観念」。
□ 気になった出来事とはポジティブ、またはネガティブな感情が起きた出来事になります。それは、自分自身の信念・信条、価値観とつながっているため、自分の内面を探索する入り口になります。
(4)他者にその内容を話してみる、質問を受ける
□ 話すことで、S会長のように自己理解が進むこともありますし、もっと良いのは、他者からコーチングのように内面に焦点を当てた質問を受けることで、自己理解が進むことが期待できます。
7.まとめ:経営者こそ必要な「内省」
以上、経営者の成長とリフレーミング、内省の連動性について、まとめてみました。
皆さんは重々理解されていることと思いますが、やはり経営者、トップリーダーとなると、社内からフィードバックを受けることはほとんどないでしょう。
そして、自分を客観視できないリーダーが引き起こす問題やトラブルは想像にそう容易いかと思います。
そうした意味で、他者からフィードバックをもらえないとすると、内省を身につけることはひとつの有効な方法であり、ミンツバーグ教授や八木先生の調査をみるかぎり、むしろリーダーとして必須なこととも言えるかもしれません。(その他の効果があるのも先述のとおり)
そして、最後にお伝えしたい重要なことは、内省で終わるのではなく、王さんやS会長のように「気づき」を行動に移すということです。そうでなければ、自己変革も組織の成長も始まりませんので…。
「社会を一歩でもより良い方向に導きたい」との思いを持つリーダーの皆さまを心から応援しております。