成長する経営者の条件 -内省とリフレーミング-
「社会を一歩でもより良い方向に導きたい」との思いを持つリーダーの皆さまへ、「人・組織の専門家」として、私が現場で学んだことやノウハウを書かせて頂きます。自社の組織づくりのヒントになれば幸いです。
今回のテーマは、「悩める部下との向き合い方-心構えと実践的な関わり-」です。
【目次】
1.コロナ渦のリモートワークでさらに増えた「部下との向き合い方」の悩み
2.リーダーとして持つべき大切な「社員を支援する心構え」
3.人は「自分に価値があると思えたときに勇気が出る」-実際の面談のケース-
4.まとめ:部下が一歩踏み出す勇気を引き出すために大事なこと
1.コロナ渦のリモートワークでさらに増えた「部下との向き合い方」の悩み
多くのリーダーが悩まれる組織マネジメントや人材育成の課題として、「パフォーマンスが停滞している社員」との向き合い方があるかと思います。
私自身も、特にこの春から夏にかけては、中堅企業からベンチャー企業まで、業種問わず、同様の悩みを経営者や部門のリーダーから多くご相談を受けました。
2020年以降、コロナ渦の影響で、リモートワークも多くなり、これまでも伸び悩んだり、期待に沿う成果を出していない社員に対して、有効な改善策が見当たらないなかで、「オフィスで協働できず、目の前から見えなくなる」在宅勤務で、これまで以上に不安になっているリーダー、マネジャーの方が多くなったのではと感じているところです。
皆さまはいかがでしょうか。
今回のコラムでは、「悩める部下、パフォーマンスが停滞している社員とどう向き合うか」。リーダーとして外してはいけない大事な「心構え」と具体的な面談事例を通じて、「実践的な関わり方」をお伝えしたいと思います。
なお実践的な関わり方の前に、少し前置きが長くなりますが、飛ばさずに読んで頂けますと、より面談事例の理解が深まるかと思いますので、どうぞお付き合いください。
2.リーダーとして持つべき大切な「社員を支援する心構え」
まず初めに「社員を支援する」と書かせて頂きました。「支援」という言葉に違和感を覚えたリーダーの方もいらっしゃるかもしれません。
先日、残念ながらお亡くなりになりましたが、世界中のリーダーから多大な尊敬を集めていた京セラの創業者の稲盛和夫さんは、多くの方がご存じのとおり、「全従業員の物心両面の幸福を追求する」という有名な会社のミッションをお持ちで、多くの著書で、会社は自分の思いを実現するだけのものではない、従業員の幸福な人生を実現するためにある、と述べています。
私自身は、稲盛さんは社員に対して「自分の夢の実現に協力してくれる同志」として「尊重」していたのではないかと感じています。そして、この「社員は同志・仲間」と考え方が稲盛さんが成功された大きな要因のひとつだったのではないかと私は思っています。
私たちリーダーが、稲盛さんから学ぶことは多くありますが、今回のテーマで言えば、「社員」の見方ではないでしょうか。
「社員」を成果を上げる「道具(経営資源のひとつ)」として見るという考え方ではなく、自分の会社、部門で働いている「仲間」として「感謝」をもって接するということです。
そうした考えにたったときに、「パフォーマンスが停滞している社員と向き合う」にはどのような心構えが大切でしょうか。
パフォーマンス至上主義のリーダーであれば、厳しく叱責したり、またはなだめすかしたりして、何とか成果を上げるように仕向けるでしょう。
組織として、成果を出すことはリーダーにとって当然の役割ですから、そうした方法も全ては否定はしません。
ただ、こうした方法は一時的にパフォーマンスが改善されたとしても、持続的な成果や成長に結びつくことは困難です。
それでは、どんな関わり方をしたら良いのでしょうか。
まず、パフォーマンスが停滞している社員を、「上下関係」という組織構造を横に置いて、「自分と同じひとりの人間」、「顧客のために一緒に働く同僚」、または「自分の夢の実現に協力してくれている仲間」と見直してみるということです。
そうすると、『パフォーマンスが停滞している社員自身こそが、最も今の状態に悩んでいる、苦しんでいる』という事実が、見えてこないでしょうか。
まず、この視点に立つことが、パフォーマンスが停滞している社員と向き合う際に不可欠になります。そして、この視点が「仲間」を支援をしたいという気持ちにつながっていきます。
この次に大切な心構えとして、パフォーマンスが停滞している社員の成長や目標達成をリーダー自身が心の底から信じることです。
心理学でピグマリオン効果というものがありますが、まさに相手の可能性を信じている気持ちは、相手に必ず伝わります。
逆に本音は相手に対して「もう変わらないだろう」といった固定観念で接したり、リーダーとしての自分の評価のため、または自分の部門の成果のためだけに相手を変えたいというのも必ず伝わります。
そしてその結果、またその社員は自分の殻に閉じこもってしまうことになるでしょう。
さらにもう一つお伝えしたいのは、急いで面談のなかで、「行動変容」を求めたり、強制しないことです。
組織のなかで、成果を出すことはリーダーにとって課せられた役割ですから、どうしてもパフォーマンスが停滞している社員に対しても、「行動変容」を求めてしまいます。
責任感の強いリーダーやマネジャーほど、そうした傾向が見られます。
一般的な社員であれば、「行動」に焦点を当てて、育成や指導するのはセオリーですが、相手はパフォーマンスが停滞している社員です。
「上下関係」をベースにした「権限」で、「行動変容」を説得し、強制したとしても、納得しない、腹落ちしない「行動変容」は、先述したように持続しません。
「行動変容」は、自分の意志で掴み取らなければ、「本当の変化」は訪れません。
3.人は「自分に価値があると思えたときに勇気が出る」-実際の面談のケース-
アドラー心理学の紹介、哲学者として有名な岸見一郎さんは、様々な著書で、私たちリーダーをはっとさせる言葉を書かれています。
そのなかのひとつに人は「自分に価値があると思えたときに勇気が出る」という言葉があります。これはアドラーの言葉ということですが、この言葉から学ぶことは多くあると私は感じています。
ここから、この言葉をまるで実践したかのような、実際にパフォーマンスが停滞している社員と向き合い、前向きな変化にたどり着いた面談の事例をご紹介します。
コラム掲載にあたり、ご本人の承認のもとにディテールは変えさせて頂きましたが、本質的な意義は伝わるように書かせて頂きます。
舞台は、ある中堅ソフトウェア会社の販売部門です。若いマネジャー(仮名:広田さん)はベテラン社員(仮名:吉岡さん)に販路開拓として、新たな業界進出というミッションをお願いしていました。
しかし、数カ月たっても、吉岡さんに新規業界開拓の動きは見えません。私はコーチングの場で、そのことを聞きました。
広田マネジャーも「期待して任せているのに何故動かないのだろう…。吉岡さんならできるはずなのに…」と吉岡さんに対して様々な思いの葛藤がありました。
心と状況を整理していくにつれて、思いきって腹を割って吉岡さんと面談するということを決意し、面談での心構えや進め方、方針を私と相談をして、臨みました。
以下、そのときの面談のダイジェストです
【面談のポイント】
◎広田マネージャーは、吉岡さんのできていないことを「責める」という気持ちではなく、吉岡さんの心のなかで「何が起きているか」を確認することから始めた
◎面談での感覚は「上司部下」というより、「同僚」という感覚だったと広田マネジャーは後に語っている
◎そう思えたのは同じセールスとして「憧れの先輩」としての「リスペクト」が心のどこかに残っていたから
◎広田マネジャーのこうした向き合うフラットな姿勢と気持ちが、吉岡さんの心をほぐしていった
◎そして、対話をはじめると、吉岡さんは素直に本音を話し出した
【面談の内容】
広田マネジャー「ルート営業は順調で、感謝しています。いつもありがとうございます」→感謝を伝える
広田マネジャー「新規業界の開拓のほうはいかがでしょう。どんな見立てですか?」
吉岡さん「申し訳ないのだが、そちらは実は進め方がわからず、動けずにいる…」
広田マネジャー「…そうだったんですか。悩まれていたとは気づかず、申し訳なかったです」→自分の非は認める
広田マネジャー「どうして、それを自分に相談してくれなかったのですか?」
吉岡さん「わからない、ということが恥ずかしくて言えなかったんだ」
広田マネジャー「そうでしたか。こちらもそれにも気づかず失礼しました。やり方は一緒に考えましょう」
吉岡さん「ありがとう」
広田マネジャー「せっかくなのでお聞きしますが、吉岡さん、今後とどんな仕事とかキャリアとか考えてますか?」
吉岡さん「(少し悩んだ様子で…)役職定年になり、目標を見失っていたかもしれない」
広田マネジャー「僕も含めてですが、セールスの若手は吉岡さんのソリューション営業の強みとか、憧れの存在という人が多くいて…。今まで作って頂いたマニュアルとかも今のメンバーにもかなり役に立っています。メンバーは吉岡さんにもっといろいろ教えてほしいと思っています。セールスのロールモデルとしての吉岡さんに期待したいと改めて思っているのですが」→貢献(価値)と期待を伝え、一緒に今後を考える
吉岡さん「ありがとう。そうだね、今後は?と言われると、役職に戻れるわけでもないし、若手の手本になるというのは自分にとっても良い目標かと思えてきたよ。皆が望んでいるのなら、特にね」
広田マネジャー「こちらこそ、ありがとうございます。自分には、これまでのマネジャー経験を活かして、自分のマネジメントも少しサポートしてくれたら嬉しいです」→期待を伝え、一緒に今後を考える
吉岡さん「こちらこそだよ。それ、自分がやりたいことかも知れない。こちらこそ、よろしくお願いします」
まとめ:部下が一歩踏み出す勇気を引き出すために大事なこと
この面談のポイントは、これまで書いてきたとおり多々ありますが、広田マネジャーが何故行動しないのかを焦点にせず、吉岡さんの心情に寄り添い、「吉岡さんの心のなかの階段を下りて行って、同じ目線で対話した」ということ。
吉岡さんが前向きになれると信じているということ。感謝を伝えたこと。
そして、最大のポイントは、吉岡さんの価値や組織に貢献できることを期待として伝え、一緒に吉岡さんの今後の可能性を探索し、未来像を描いたことだったと思います。
人は「自分に価値があると思えたときに勇気が出る」。
アドラー、岸見さんの言葉。リーダー、マネジャーの皆さまも是非一度味わってみることをお勧めします。
そして、パフォーマンスが停滞している社員との向き合い方について、ご参考にして頂けたらと思います。
「社会を一歩でもより良い方向に導きたい」との思いを持つリーダーの皆さまを心から応援しております。