成長する経営者の条件 -内省とリフレーミング-
「社会を一歩でもより良い方向に導きたい」との思いを持つリーダーの皆さまへ、「人・組織の専門家」として、私が現場で学んだことやノウハウを書かせて頂きます。自社の組織づくりのヒントになれば幸いです。
今回のテーマは、「リーダーが壁を乗り越えるとき-王貞治氏から学ぶ-」です。
目次
1.リーダーが自分を見つめ直すとき
2.ふたりのリーダーの「気づき」
3.成功者・王監督の「つまずき」と「自己変革」
4.まとめ : 私たちもできる「自己理解」を深める方法
1.リーダーが自分を見つめ直すとき
リーダーの皆さんは、ご自身のリーダーシップやマネジメントスタイルについて、見つめ直す機会を持たれているでしょうか。
いつもの行動パターンやこれまで成功した「経験知」でマネジメントしているけど、最近は思うように成果が出ていない。状況の変化に本質的に対応できているのか、少し自信がない…。
そんなときは自分の思考や意思決定を客観的に見直す機会かもしれません。とは言っても、マネジメントスタイルを変えるというのはなかなか難しいと思うところもあるかと思います。私がコーチングをさせて頂いているリーダーの多くの方々は、初めはそのような反応をされます。
どうして、自分自身の行動なのに、変えることが難しいと感じるのでしょうか。
その理由はリーダーシップやマネジメント行動は、リーダーその人の信念、信条、価値観、所属してきた組織の文化、そしてご自身の成功・失敗体験といった、その人の「内面」から形づけられているからです。
自己の内面を見つめ直すためには、それまで自分はどんな経験を積み、どんな価値観を身につけてきたか、一度、走るのをやめて、立ち止まり、「自分を深く見つめ直す」ことが必要です。
その上で、さらに大切なことは、「これまでのやり方は通用しないのではないか。思いきって変えたほうが良いのではないか」という、(過去の自分を承認はしつつも)新しい道へ進む「勇気」だと感じます。
一般的にも言われることですが、成功体験を積んで、リーダーになった方は、これまでの自分のスタイルを捨てることには強い抵抗感があります。それは私も数々の組織変革の現場で実感してきました。
それでも、リーダーの方のなかには、組織や周囲の環境が変化したことを実感し、自分の役割を捉え直し、ご自身のリーダーシップやマネジメントスタイルを自覚的に勇気をもって変えた方もいらっしゃいます。
今日はそうしたお話を書きたいと思います。
2.ふたりのリーダーの「気づき」
コラム掲載にあたり、ご本人の承認のもとにディテールは変えさせて頂きましたが、本質的な意義は伝わるように書かせて頂きます。
ある大手IT系の子会社の役員だった佐藤さん(仮名)は、役員就任当初は親会社の意向や指示を社員に的確に伝えて「管理していくこと」が自分の役割だと認識していました。その後、時間が経つにつれて、社員たちの「こういう商品開発をしていきたい」という気持ちの強さを感じ、徐々に経営という枠組みのなかで、親会社の意向と現場の思いを自分がハブになり、前向きに統合していくことが自分の役割と気づきました。
実際にはこの変化の背景には、社員から佐藤さんの期待に対するアンケートを取るというイベントがあったのですが、その社員の期待を真摯に捉えて、自分の役割を捉え直した佐藤さんの気持ちは、その後、社員と共鳴し、その後の業績向上につながっていきました。
文具を中心とした生活関連メーカーの中小企業で、2代目オーナーの上杉さん(仮名)は、社長就任当初は、先代のマネジメントスタイルを見よう見まねで、やっていました。ただ業績は下降気味で、数年後、「やはりカリスマだった先代社長のようには自分はうまくいかない」と、強く気づいて、自分の強みは何かと模索していきました。
その結果、「これまでは、トップである自分がアイデアを出し、正しい判断をしなくてはいけない」という固定観念をいつのまにか持っていたことに気づき、市場の変化を冷静に受け入れ、「実直に若手社員のアイデアや意見に耳を傾け、自分はそうした意見を出し合える環境(心理的安全性)をつくることが、自分らしいリーダーの役割だ」と自分自身を捉え直していきました。この会社も現在、組織の活性化が進み、順調に成長軌道に乗っています。
このふたりの事例は、決定的な大きな経営的な失敗をした訳ではないものの、自分が「こうであるべき」というリーダー像、もしくはマネジメント像を「勇気」をもって、いったん横に置き、「自分の役割は何か」と客観的に捉え直して、組織を成長に導いた素晴らしい変革だと私は思います。
先述したとおり、リーダーに限らず人は経験から形づくられた、いわゆる認知のフレーム(眼鏡みたいな存在)で物事を見ていて、その枠組み以外の別の視点で物事を見ていくことは難しいものです。
ましてや、自分自身を客観視するとなると、かなり難易度が高くなります。
そして、圧倒的に成功体験があれば、なおさら自分のやり方が正しいとしか考えられなくなるのではないでしょうか。特に経営者の方は・・・。
それでも、「自己認識」を深め、過去にとらわれず、認知を変えたり、見方を柔軟に変えるということは、リーダーシップのひとつの自己変革だと思いますし、これだけ変化が激しい時代には、リーダーにとっては、向き合わなくてはいけない重要なことだと強く思います。
3.成功者・王監督の「つまずき」と「自己変革」
閑話休題。球春到来で、今年もプロ野球がスタートしました。私は子供の頃から野球が大好きなのですが、大人になり、最近はこの仕事の影響で、監督のマネジメントについても関心が強くなっています。
采配そのものではなく、各監督たちのチームマネジメントについての発言等、テレビやネット越しに興味深く聞いたりしています。
そうしたなかで、10年以上前にテレビで観た王貞治氏と長嶋茂雄氏のドキュメンタリーが印象的だったのを思い出し、先日、改めて王さん(巨人ファンとして、大変恐縮ですが、尊敬と敬愛を込めて、王さんと呼ばせてください…)の書籍を手に入れて、読んでみることにしました。(参考:『野球にときめいて 王貞治、半生を語る』王貞治著 中公文庫 2020.12)
その理由は、王さんが「マネジメントを変えて、成功したリーダー」というエピソードが私の心の中に強く残っていたからです。
現ソフトバンクホークス会長。いわずと知れた選手としては、王さんは最大級の成功者ではないでしょうか。
ドキュメンタリーの記憶をたどりつつ、今回の著書を読み進めていくと、やはり王さんの「リーダーシップの偉大な変化」を垣間見ることができました。
まず、巨人軍時代の監督・王さんにはあまり上手にマネジメメントできていなかったという自覚がありました。実際にマネジメント視点でみれば…例えば、マネジメントになったはじめの頃に誰もが陥りがちな「自分基準で部下メンバーを見てしまう」という「過ち」をしていました。
選手として、ある時期から不断な努力をして成功を収めた王さんですので、野球に対する考えは完璧主義とも言えるもので、当時、王さんの期待を一身に背負った駒田徳広氏(現巨人軍3軍監督)はノイローゼと周囲に言われるほど、厳しく指導されたそうです(ドキュメンタリーでは、ホームランを打っても褒められなかったとコメントされていたかと思います)。
恐れ多く、私なりに解釈するのであれば、王さんはご自身の監督像と選手のあるべき姿に固執し、大成功した現役時代同様にマネジメントでも道を究めようとしていたのだと思います。
ただ、「現実」が王さんの「あるべき姿」についてこれず、結果として、残念ながら、うまく成果に結びつかなかった…。
その後、数年の充電期間を経て、1994年10月、招聘された福岡ダイエーホークスの監督に就任。
同書によると、プロ意識が希薄だったチームに変革を仕掛けますが、当初はうまくいかず、ファンから不満をぶつけられる「生卵事件」なども起こります。
こうした日々は王さんにとって、巨人軍のスター時代には考えられない「心を揺さぶる衝撃的」な出来事だったと思います。
しかし、王さんは「巨人軍とは全く違う環境に自ら置いたことを徐々に受け入れ、行動を変化」させていきます。
巨人軍時代と異なり、責任を1人ですべて背負うという考え方ではなく、例えば、カリスマ的存在である王さんと選手の壁をなくそうとする球団幹部からの協力を受け入れたり、自ら優秀なコーチを口説いたりして、新しい方法で、チーム強化につとめていきます。
同書のなかには「福岡に来てから、年に50敗はできるんだと考えられるようになった。開き直りではなくてね。流れをかわしながら進むことができるようになったんです」といった当時の心境の変化が「発想の転換」という小見出しの後に書かれています。
これはまさに王さんが現役時代や巨人軍の監督時代に追い求めた「完璧さ」を捨て、目の前の状況や環境に応じて、やり方を変えても良い。山の登り方(優勝をする道のり)はいくつもあるんだという「認知フレームの転換」をされて、「マネジメントを捉え直した」ということだと私は強く感じています。
結果として、巨人軍時代とは異なる個性を伸ばす指導と、伸び伸びとした野球で、5年の時間を経て、ペナントをついに勝ち取ります。(余談ですが、王さんの初優勝の年、20代の私は博多で働いており、当夜の博多駅周辺で喜びで大騒ぎする地元の人たちの姿は今も目に焼き付いています。私も何故か嬉しくて、同僚とともに歓喜の渦に入っていきました…)
4.まとめ : 私たちもできる「自己理解」を深める方法
改めて、王さんの変革から、私たちリーダーが学ぶべきことはその「勇気」ではないでしょうか。野球に対する高いレベルでの哲学、経験、実績で紡がれた最大級の成功体験を捨てて、自分の行動を変えた。そして、自分の役割を再定義した。
「勇気」をもって、自分を見つめ直し、今までの考え方を手放すことで、閉塞状態を突破できることを証明してくれていると思います。
コラムの冒頭に戻り、繰り返しとなりますが、いつもの行動パターンやこれまで成功した経験知でマネジメントしているけど、最近は成果が出ていない。違和感がある。そのようなときは自分の思考や意思決定を客観的に見直す機会です。
その結果、先に紹介したふたりのリーダーや王さんのようにリーダーシップやマネジメントスタイルを変えることで、状況が良い方向に進むことが期待できます。
そして、自分のリーダーシップやマネジメントを見つめ直す「自己認識力」を高めるには、「内省」が有効です。例えば過去に遡って、経験から、自分の捉われている視点や発想は何か。出来上がった固定観念を客観的に見てみることなど。
コーチと一緒でも良いですし、自分ひとりで自分の人生から成功・失敗体験を書いてみて、そこから学んだこと、または自分が大切に思っている、人生を貫いている価値観などを紙に書いてみて、じっくりと自分で眺めてみる。
そして、その上で誰か第三者に話してみるのも良いかと思います。話すことで、自分で「自分を形づくっているもの」に気づいたり、整理できることもありますので。
なお自分の価値観を否定する必要はありません。むしろ大切にして、それは「心のエンジン」にして頂けたらと思います。
ただ、その価値観から生まれる行動がいつもパターン化していたり、自身の役割定義が頑なに捉われているであれば、「勇気」を持って変えてみることも、リーダーには必要なことになります。
「社会を一歩でもより良い方向に導きたい」との思いを持つリーダーの皆さまを心から応援しております。