【60名の事例】 組織変革での心理的アプローチ(前編)
今回のテーマは、「 組織変革での心理的アプローチ -60名の事例より-(後編)」です。
前回のコラムの続きとなります。
もしお読みでない方は前回のコラムに一度戻られて、お読み頂けたら幸いです。
目次
■前編
1.はじめに
2実例:組織変革における心理的側面の重要性 -小さな事例より-
(1)事例の背景
(2)変革当初にぶつかった壁
(3)組織変革のアプローチとしての「成功循環モデル」
(4)変革の後半期での具体的な取り組み
■後編
(4)変革の後半期での具体的な取り組み
①現場メンバー60人と個別面談を行う
②改めて、変革のビジョンを立てる
(5)現場との別れで気づいた「心理的安全性」
3.まとめ:組織変革における社員の思いの大切さ
(4)変革の後半期での具体的な取り組み
本格的に現場で変革が加速し始めた裏側には、変革プロジェクトで旗を振る立場であった私自身の考えと行動の変化も大きかったと思います。変革を行うにあたって、当時のコーチングの書籍から、2点のヒントを得ていました。①働いている人々の心の奥にある動機や本音の思い、目指しているものを知ること。②何のために私たち組織は変革をするのか、私たち組織はどこに向かおうとしているのか、まずリーダーが旗を立てること。これを意識し、実践していこうと考えたのです。
①現場メンバー60人と個別面談を行う
まず、パート社員はじめ全ての現場メンバーの方に時間を頂き、1対1での面談を行いました。
・「どんな経緯でこのサービスエリアで働いているか」
・「今どんな仕事をしているか」
・「どんなことを感じているか。働いていて嬉しいと思うこと」
・「組織の問題や課題、または不満や不安に思うこと」
・「これから、どんな風に働いていきたいか。どんな組織を望むのか」。
上記おおよそ5つの視点で話を聞かせて頂き、最後に私たち管理側が目指していることもお伝えて、対話をさせて頂きました。
面談を終えて、私が気づいたことは(言葉にすれば当たり前のことなのですが)、現場メンバーの方々は、様々な経緯や思いでこのサービスエリアに働きに来ていること。
例えば、お母様の介護のため、実家に戻られて、ここで働き始めた男性社員。近くでちょうど良いアルバイト先が見つからず、余った時間を有効活用したいと働いている主婦の方など。
若かった私は会社のロジックだけで人が動くと思っていましたが、そうではない。「組織は生もので、生きている人々、感情や思いや考えをそれぞれ持った人の集合体であること」を、今さらながら、ガツンと頭を打たれたような衝撃で、この事実を深く理解することになりました。
私が面談を終えて、まず考えたことは、どのように現場の支配人、店長、社員、パートの方々に「前向きな気持ち」をもって、働いてもらうことができるか、でした。
「前向きな気持ち」とは、「職場で気持ちよく働けること」。働く側が楽しく働けなければ、良い顧客サービスはできないと考えました。
この考えは、先に述べた「成功循環モデル」にもつながりますし、いわゆる「ES(従業員満足度)なくして、CS(顧客満足度)なし」に近いかと思います。
そして、実際に「職場で気持ちよく働けること」は、働く社員が「この職場を自分ゴトとして思えること」ではないかと考え、そのためには、働く人たちが現場で「主体性」を発揮してもらうことが重要で、その実現を模索し始めました。
実際には、私は現場に毎日いないため、こうした主体性を引き出すような「エンパワーメント=権限移譲」を軸としたマネジメントは、支配人、店長に実践してもらうしか方法はなく、そのために私は彼らに対して、ことあるたびに、この「主体性を引き出すマネジメント」の目的や効果を現状の店舗運営の実態に合わせながら、コーチング的な関わり方で、伝えていくことにしました。
当時の支配人、店長は責任感の強い方たちでしたので、「エンパワーメント=権限移譲」に耳を貸してくれるまで時間が掛かりましたが、粘り強く伝えていきました。
やがて、支配人、店長もその意味を理解してくれるようになり、マネジメントの考え方や行動が変わり始め、徐々に現場で変化が見えてきました。
幾つかのケースとしては、例えば、当時の売店での客層分析をすると、主要顧客は日帰りのバス旅で立ち寄られる主婦層がメインであり、商品の品揃えにはシニア男性である支配人、店長自身よりも、パート社員の主婦の方々のほうが親和性が高く、仕入れや棚づくりのアドバイスには適している側面もあり、彼女たちの意見を参考にしたお店づくりが少しずつ始まりました。
また学生の若いアルバイトには飲料やキャラクター商品の仕入れの参考意見を求めるといったことや、ホテルのイベントや客室アメニティ、おもてなし用のお菓子など、現場のパート社員も交えて、検討して決めるなど、組織運営の端々で、多くの方が何らかの役割を持ち、小さくとも意思決定に参画できるような職場に変化していきました。
そうしたなかで、次第に売上は上がり、店内はキレイになり、明るい声掛けが響くお店(ホテル)に変化していきました。
②改めて、変革のビジョンを立てる
1年後には、変革が進み、店舗に活気が出て、メンバーが主体的に業務に取り組むようになりました。当時、管理側の社内では、「給与が変わらないのに人が頑張るわけがないよ」と、意見を述べる同僚もいましたが、確実に私の担当しているサービスエリアは、報酬が変わらなくても、人々の意識と行動は変化しました。
そして、その頑張りは「顧客の良質な体験」まで影響を及ぼし、以前とは比べものにならないほどの明確な現場での変革がもたらされていました。
一定の成果が生まれた後、私は2つのことを考えました。1つは「この現場変革における一定の最終ゴールもが必要ではないか」ということ。もう1つは、「変革を実現させた現場メンバーに何らかのかたちで、報いるべきではないか」ということでした。
現場変革の一定の最終ゴールについては、私のなかでは明確でした。それは、変化した組織風土が強みとして、このサービスエリアに根付くことでした。ただ実際には、支配人は異動のたびに交代していくのが倣いで、現実的に難しい問題でした。そのため、その時は引き続き変革を進めていくしかありませんでした。
一方で、頑張って変革を実現してくれた支配人、店長はじめ現場メンバーに対して、感謝を伝えることはできないか、報いることはできないかという視点について…。給与や賞与で「変革実現の対価」を払うというのも一案としてあるかと思いますが、当時の私の立場では到底できることではありませんでした。
そう考えたときに、一方で、現実的に実現できるものとして、新しいやりがいの源泉となる「ビジョンを立てること」でした。そして、それは、「グループ企業のサービスエリアのなかで、このサービスエリアが手本(ロールモデル)として認められること」でした。
新しいビジョンは、今でいえば「パーパス」の端くれと言いたいところですが、実際には稚拙でパーパス、ビジョンにすら到底なっておらず、そもそも管理側(私)の一方的な願いによる押し付けだったと、今は反省しています。
会議のたびにこのビジョンを話して、支配人、店長、社員の方は、ある程度共感してくれましたが、パートの方々にとっては、あまりピンとこず、心情的にもグっとくるものではなかった様子でした。
せっかく全社員と面談したことが、このビジョンづくりには活かされていなかったということです(そもそも作成の手順も不十分でしたし、心や内面から湧き出るような…サイモン・シネック氏の「ゴールデン・サークル」のWHYを十分に見据えたものでもなかった…)。
ただし、今改めて、働く人の思いと組織の思いを重ねていくことが大切だと、このことを失敗経験として、その後の「人・組織専門家」としての仕事では活かすことができていると実感しています。
話を当時に戻しますと、当時、このビジョンの現場メンバーでの共感度は別として、2年後には全社的な公式表彰を受け、社内からもこの変革プロジェクトが大きな評価を頂くことができました。
それは、私にとっては「棚ぼた」的な幸運な出来事でしたが、現場メンバーにとっては「自分たちが承認・賞賛された」という大きなギフトになり、「ここまで変革をやってきて良かった」という思いになったようでした。
(5)現場との別れで気づいた「心理的安全性」の重要性
私事で恐縮ですが、この変革プロジェクトが2年半程たったときに、「こんな組織や人は変われるのだ」、「充実感をもって働く人々や組織を1人でも、1社でも増やしたい」。
そう強い思いを抑えることができず、「人・組織の専門家」として、今後の人生(キャリア)を生きていきたいと考え、私は会社を退職することにしました。
退職の挨拶に伺ったときの支配人や店長の落胆された顔は今も忘れません。最後に主要メンバーで撮った写真が手元に残っていますが、私は笑顔ですが、他のメンバーは不機嫌そうで、俺たちを残していくのか…と思いの表情でした。
ただ、その夜、嬉しいことに店長からご自宅へのお招きを受け、奥様の手料理を頂き、この数年間の変革について、お酒を酌み交わせて、本音で語り合ったのを今も昨日のように思い出します。
そして、最後の現場の日。帰ろうとした私はパートの方2名に声を掛けられ、ひとりの方から、こんな言葉を頂きました。
「上村さん、辞めちゃうんだってね。私、上村さんが来てから、仕事が忙しくなったんだけど、ここで働くの楽しくなったのよ。それだけを伝えたかったのよ。それにしても、いなくなっちゃうって、本当に残念だわ」。この言葉を私は一生忘れません。
「人は主体性を発揮できて、誰かに役に立つことと感じられることで、人の充実感は得られるもの」、そしてそれが、「素晴らしい人生のひとつの大切なもの」と、強く実感した瞬間でした。そして、今私が「どんな組織でも人でも、生まれ変われることができる」という信念のど真ん中に置いている言葉でもあります。
感傷的で自分語りの話になってしまいましたが、少し「心理的安全性」に視点を戻したいと思います。
このパートさんの言葉。「忙しくなった」という言葉は、売上が伸び、仕事量が増えたということだと思いますが、それだけではなく、「ここで働くのが楽しい」というのは、まさに支配人、店長から、アイデアを求められたり、自発的に提案することもあり、自身が働くサービスエリアに対して、愛着を持ち、自分ゴトにできた結果と強く実感します。
このことから推測すると、支配人、店長は現場風土のなかにしっかりと「心理的安全性」を取り入れていたということではないでしょうか。
そう思うと、例えば、社員から的外れな意見であっても、否定せず、意見してくれたこと自体をまずは笑顔で受け入れる。また自分の失敗も明るくさらけ出す。確かにそんなムードが、変革の後半期の現場にはありました。
もちろん、支配人、店長は「心理的安全性」を当時知っている訳はないですが、知っていないのに、現場感覚で実践できてしまうという、実務者感覚の鋭さを感じます。もし今お会いできたら、当時、現場でどんな考えで、マネジメントをしていたか聞いてみたいと思うところです。
3.まとめ:組織変革における社員の思いの大切さ
以上が、私が当事者として関わった60名の組織での小さな組織変革事例です。
変革といっても様々なレベルがあり、今回の事例は、改善レベルの事例かもしれませんが、このエピソードから学べることがあるとすれば、「働く人のマインド」と「リーダー、マネジャーの関わり方」は変革の普遍的な土台であるということではないでしょうか。
その後、私は大きな組織変革に関わらせて頂くことがあり、いつも感じることは、戦略を大胆に変えることは大きな変革となりますが、結局、「働く人の意識や思いと一体化しなければ、新しい戦略も推進・実行できない」ということです。
VUCAの時代と言われて久しいですが、対応する組織運営は、働く社員の思いと組織の方向性を一体化させるまさに「パーパス経営」が大切と感じます。組織が何のために存在するか、私たちはなぜこの組織で協力して働くのか。まず「関係性の質」を重視し、「心理的安全性」を土台にして、「目指す場所に向けて、経営と現場で対話し、協力しながら進む」。
こうした取り組みが、組織変革を推進し、働く人々の充実感を増やし、そのアウトプットが顧客と社会に還元され、また働く組織の人々の自信や誇りにつながるという「好循環」が生まれるのではないでしょうか。
※今回のエピソードには、実際にはオフィスでは上司・同僚、現場では事務長の方など、多くの方にご協力頂きました。そのことに本当に感謝しています。1人では変革の旗を振ることすらできなかったと思います。当時は本当にありがとうございました。
4.最後にリーダーや次世代リーダーにお伝えしたいこと
改めて最後にリーダーの皆さまにお伝えしたいことは、「組織は変われる」ということです。
そのためには、まずは社員、メンバーを心から「同志」として、信じることから始められると良いと思います。これはキレイごとではなく、組織の成長、変革、人材育成の本質かと思います。
また次世代リーダーにお伝えしたいことは、30代前半でも十分に組織変革を引っ張っていくことができます。1人で進めようとせず、上司や同僚を巻き込むことが大事です。
そのために自分の信念や思いを見つめ直し、まずは1人の同僚から語られることを始めたら良いと思います。そうすれば、同僚も同じように思いを語ってくれると思います。そこから、組織変革はスタートできます。
「社会を一歩でもより良い方向に導きたい」との思いを持つリーダーの皆さまを心から応援しております。