【60名の事例】 組織変革での心理的アプローチ(後編)
「社会を一歩でもより良い方向に導きたい」との思いを持つリーダーの皆さまへ、「人・組織の専門家」として、私が現場で学んだことやノウハウを書かせて頂きます。自社の組織づくりのヒントになれば幸いです。
今回のテーマは、「 組織変革での心理的アプローチ -60名の事例より-(前編)」です。
目次
■前編
1.はじめに
2実例:組織変革における心理的側面の重要性 -小さな事例より-
(1)事例の背景
(2)変革当初にぶつかった壁
(3)組織変革のアプローチとしての「成功循環モデル」
(4)変革の後半期での具体的な取り組み
■後編
(4)変革の後半期での具体的な取り組み
①現場メンバー60人と個別面談を行う
②改めて、変革のビジョンを立てる
(5)現場との別れで気づいた「心理的安全性」
3.まとめ:組織変革における社員の思いの大切さ
1.はじめに
先日、開催されたオンラインセミナーで、「心理的安全性」の第一人者である、ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・C・エドモンドソン教授のお話を聞く機会に恵まれました。
組織やチームにおける「心理的安全性」とエイミー・C・エドモンドソン教授については、すでに多くの書籍やWEBで解説されていますので、ここでは書きませんが、「心理的安全性」は、リーダーシップのあり方やチームワークなど、様々な切り口で語られ、施策のコンセプトにもされており、「心理的安全性」だけが組織の成長のすべてを担保するものではありませんが、組織運営のなかで、特にトップリーダー、マネジャーが理解し、実践すべき、大切な要素であることは間違いありません。
今回の機会から、改めて組織の成長や変革に対して、「心理的安全性」を始め、心理的なアプローチの有効性の認識を新たにしました。
そこで、このコラムでは、「心理的安全性」だけではなく、ダニエル・キム教授の「成功循環モデル」、「ES(従業員満足度)とCS(顧客満足度)」等にほんの少しだけ触れつつ、私自身が当事者として関わった60名の小さな組織の変革事例を通じて、「組織変革における心理的アプローチ」とその重要性についてご紹介できたらと思います。
2実例:組織変革における心理的側面の重要性 -小さな事例より-
ここから、私が当時者として経験した、心理的側面の重要性にまつわる小さな「変革事例」について、お話をしていきたいと思います。
なおこの事例は、私が「人・組織の専門家」としてキャリアチェンジをした直接的な経験で、今も自分のなかで、大切にしている「物語」になります。
(1)事例の背景
舞台は、2000年代前半、東名高速道路にある巨大なサービスエリアの売店とハイウェイホテルになります。
当時、高速道路行政は、小泉純一郎内閣のもとで、管理者である日本道路公団の民営化問題に揺れており、その影響を受けて、サービスエリアのあり方についても、国・政府レベルで様々な検討がなされていました。
その時、私は30代前半で、そのサービスエリアを管理する政府系企業に勤めており、先述した東名高速道路のサービスエリアの支配人や店長を支援する、いわば親会社(管理)側の「スーパーバイザー」的な役割を担っていました。着任した際に組織から与えられた私に対するミッションは「当該サービスエリアの売上と顧客満足度を上げる」ことでした。
(2)変革当初にぶつかった壁
その頃の当該サービスエリアの店舗は、残念ながら、活気がなく暗いムードで、サービス業でありながら、いわゆる「お役所的な雰囲気」が漂っていました。
また悩ましいことに、私自身が現場の支配人や店長を支援するといっても、毎日現場に張り付いてる訳ではなく、普段は東京のオフィスにおり、現場には月に数度足を運ぶという限定的な関わり方でした。
実際に現場に行きますと、当初は私や東京にいる管理側に対する不信感が強く、(それはこれまでの現場と管理側の関係を引きずっていたと思いますが…)「管理側と現場で協働する」という雰囲気にはほど遠く、例えば、私が考えた提案に対しても「はいはい、わかりました。言われたとおり、やっておくよ」という流し方で、一向に物事が進まないという感じでした。
私はどうしても今回のプロジェクトを成功させたいという思いが強く、どうしたら状況を打開できるかといろいろ悩みました。
当時個人的に憧れていた、今は亡き伊勢丹のカリスマバイヤーだった藤巻幸大さんの書籍を読み、藤巻さんの熱意をもって相手にぶつかり、巻き込もうとする姿勢を真似してみようと、これまでの会社の前例にとらわれず、自分の考えで行動することを意識し、実践してみたりしました。
また、物理的に離れた場所から、リーダーを支援する/マネジメントすることの難しさを感じていたため、たまたま書店で見つけた、その頃はまだ一般的ではなかった「コーチング」の本を買い、見よう見まねで、相手の考えを整理したり、引き出すコミュニケーション方法を支配人や店長に実践したりと、試行錯誤の毎日でした。
これらに加えて、まずは現場業務を知ることが大事だと考え、売店ではレジでの接客や搬入作業、ホテル業務ではフロントに入ったり、お風呂の掃除に励んだりと、現場で汗を流すこともやりました。
一緒に働くなかで、自分の気持ち=「一緒にこの現場を変えたい」という思いも伝えていきました。その後、半年くらいたったところで、現場の支配人、店長も「この若造は今までのやつとはちょっと違うかもしれない」と思ってくれたようで、徐々に会話すること機会も増え、それにつれて人間関係が向上し、信頼関係が芽生えていきました。
その他に、私は販売士の勉強にも取り組んでいました。その結果、売店の計数分析や市場のトレンド情報の提示、またハイウェイホテルの新価格設定や宣伝、オンラインサイトでの予約導入に関する契約という「現場の後方支援と未来に向けた戦略の構想・準備」は私の役割。
一方、現場の支配人、店長はしっかりと「今現在の店舗とハイウェイホテルをマネジメントする」という、良い形で役割分担ができていきました。
定期的なミーティングを行い、徐々に現場変革が進み始めました。
(3)組織変革のアプローチとしての「成功循環モデル」
ここまでで約半年から1年くらいでしたが、振り返ってみると、私の支配人、店長へのアプローチは、冒頭の「心理的安全性」というよりも、「成功循環モデル」に当たるかと思います。
「成功循環モデル」とは、マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が提唱している概念で、こちらもWEBを含めて、様々な方が紹介していますので、ここで詳しくは述べませんが、マネジャー視点でその内容の重要性を私なりに簡単に書いておきます。
そのエッセンスは、すぐに成果や結果を求めるような組織運営を行うのではなく、まず始めにマネジャー自身も含めたメンバー間の関わり方、お互いを尊重し合うような関係づくり(「関係の質」)を行うことが重要だという考え方からスタートします。そして、その「関係の質」が耕されていくことで、次第にメンバー同士が協力し合うような考え方、また改善案やアイデアを出し合いたいと思う「思考の質」に変化し、さらにその思考が、主体性や協力する「行動の質」に変化を及ぼしていく。そして、最終的には成果が生まれる(「結果の質」)という、「グッドサイクル」ができる=「成功循環モデル」という考え方です。
当時の私は当然「成功循環モデル」は知らなかったですし、私のこの事例は、本来的な「成功循環モデル」の活用事例ではないのですが、私の支配人、店長への関わりをこのモデルになぞらえますと、最初にアプローチして、相手にされていなかった頃は、「どうしてこの現場が変革をしなくてはいけないか」、管理側のロジック(理屈)だけで説明していたような気がします。
つまり、「変革ができないと組織は生き残れない。なので、成果(売上)を上げてほしい」という理屈=「結果の質」からアプローチしたように思えます。それは、現場の支配人や店長にすれば、自分たち(管理側)だけの理屈に聞こえたでしょうし、運営側はどんな大きな変化があっても、現場運営のノウハウがあり、上部組織が変わろうとも生き残れると思っていた節もありました。
加えて、「狼少年」のように、かつて何度も同じよう「今が危機だ」という言葉は私が担当する前からおそらく聞かされていて、もう慣れっこになっていたような気もします。またもし仮に、私のロジックに従ったとしても、売上を上げるために現場メンバーに対して、かなり厳しいことを要求し、現場で働くメンバーは疲弊していたのではないでしょうか。
その後、先述のように私はロジックで説得するのではなく、(必死に関わり方を模索した結果でしたが…)現場で一緒に汗をかき、思いを伝え、人間同士の信頼関係を結ぶことを最優先としてアプローチに変更しました。
このことによって、支配人、店長の心を動かし、その後の変革の突破口になったと考えられます。
これは、「人は理屈だけでは動かない。人の心が動くのは、ロジックも大事だが、誰に言われているかがもっと大事だ」という考え方に近いかもしれませんが、今回の私の例が、正しい「成功循環モデル」理論の実践ではないものの、「関係の質」をもって、相手の懐に入ることができたのは事実かと思います。
まずは人間関係、信頼関係を築くこと。そして思いを本音で伝えることが協働に向けてのスタートということでしょうか。
次回はこの組織変革の後半戦をお伝えしたいと思います。